今日でめでたく❔歳になった。





なんと、朝の6時過ぎからSNSにお祝いのメントが入り始めた。
嬉しいなぁ。
今年はいろいろなメントをもらった。
中には、私とかなり真摯な付き合いをしなければ書けないメントが複数あった。
こんなことはもしかしなくても初めのことで、真剣に向き合いたい友人たちに真剣に向き合って、お互いに助け合って共有してきた時間を思いながら、ちょっと朝から泣いていた。

午後に電話をもらった。
そしてこれをお誕生日プレゼントと言って、わざわざ自分の車を運転して、私に持って会いに来てくれた友人もいた。
この友人は、私がもう10年早く結婚して娘を産んでいたらこのぐらいの年齢だよなぁ、と言う若いママさん。
でもいろんな話をしてると、私の30代の時とは大違いで、なんでこんなに聡明でしっかりしてるかなぁ~、といつも驚いてばっかり。

この本の中に(著者は故人)すべての価値観が平らに成ったのが平成、と書かれている部分があるが、彼女を見てると、昭和生まれの私の背負って来たものとは明らかに何か違うものを感じる。

一人の時間は本当に素晴らしいな、と思う。
あさイチで上の息子から出たコトバ。
"オンマ(お母さん)トン(お金)"
息子くんのお母さんたちは、これを読むときっと笑うだろう。
男の子とはこういうものだと割り切らないとやっていけない場面は他にもたくさんあるが、何も母親の誕生日の開口一番に言わなくてもねぇ。
と、こんなこともあり、今日は可能な限り、一人で自由な時間を自分にプレゼント🎁しようと決めた。

お昼ごはんに大好きなうどんを食べに行った。
何も誕生日にうどんを食べなくても、と言う人もいるだろうなぁ。
でも、北海道のスゴイスゴイ田舎の専業農家で、お盆の真っ最中に生まれた娘に、誕生日だと言ってケーキを買って来る時間もお金もおそらく当時は無かった。
本当に小さい頃は、ケーキ、ケーキと母に言ったが、いつしかそれが無理なことを悟った私は、うどん、うどんと言っていた。
うどんなら面倒くさいと言いながらも必ず作ってくれるのを知っていたから。
なので、いつでも家に常備してあり、自分の誕生日に何もしてもらえない惨めな思いをするより、たとえうどんでも毎年母は作ってくれて、それで誕生日をしてくれていた、と言う思い出は残った。
だからうどんは私にとって、どんな高級な食事にも変え難い特別食なのかも知れない。
母から受けた愛情とは何だったのだろう。
母は末娘で、寝たきりの自分の母親の世話を僅か12、3歳でやっていたと言う。
その時にありがとうと言う言葉を何回かでも聞いていれば、母の性格も違っていたことだろう。
やってもやっても罵声を浴びせられた思春期の女の子の性格が歪むのは、いたしかたなかったことだろう。
今ならわかる。
でも私は、共感と言うことを知らない母親に育てられたことで随分生き辛かった。
生き辛さの原因がこんなところにあったことを知ったのも、自分が母親になってからだった。
誕生日というのは、新たな生命の誕生の為に、ある女性が命を落とすかも知れない覚悟と引き換えに存在していることを忘れてはならないのかも知れない。
事実、長男の誕生日を祝う度に、28時間という日付変更線をまたいだ陣痛の激しさを、思い出さずにはいられなかったし。

一人でカフェで、ケーキを食べて気が向くままの回想をして、ひたすらゆっくりしているこの時間。
今の私はこれがいいなぁ。
おめでとうはSNSが運んでくれる今の時代の、アラカン女子の独り言。