語源がわかると、へぇー、と感じることがよくある。


例えば利根川のトネは、アイヌ語で長いという意味らしい。
古い時代のアイヌ民族の居住地は、東北、北海道と思っていたので、意外だった。

デスペラード(Desperado)は英語では一般的にならず者、無法者、命知らず、犯罪者と訳されることが多い。
もともとは、“絶望的な状況に置かれた人”の意を持っていてそれが転じて、“(絶望により)無謀になった人”を指すようになったと言う。
こうして見ると、人生の中で一度も“デスペラード”と言う状態を知らずに生きてきた人は、おそらくいないんじゃないだろうか。
イーグルスが歌ったこの歌をカバーしている歌手は多い。
久しぶりに聴いていたら、魂の叫びをコトバに翻訳した歌だよなぁ、と心底感じた。
Keiさんの訳詞の中に、
ダイヤのクイーンとハートのクイーンに象徴されるものや、
お前はいつもないものねだりしかしないんだよな、とか
自由?自由と言うけど、独房に入れられて世界を漂っているようなものじゃないか、とか
まるで私の為に書かれたような歌詞をいっぱい発見した。
日本語に訳する過程を知ると、もっと様々なことを感じる内容がある。
(通訳や翻訳をしてみれば、原語を他のコトバに置き換える難しさを痛感せざるを得ないのだか)

流れ、流され続ける前に、立ち止まって深呼吸する時間の深淵さ。
内側の叫びに従順になりたくても成りきれない、数知れない人生への賛歌。
そして、
デスペラードが何者かを知る魂への、無限の祝福。