このシリーズもこれが最後の記事になります。


 禅クリエイターズアカデミーに参加された方は、皆様これをお持ちだと思います。

 携帯電話にアクセサリーを滅多につけない私ですが、これだけは別で今もずっと私の側にいます。

 講師の藤吉先生の奥様が、参加する方に届けて欲しいと、手造りして下さったものです。

 藤吉講師は、本当に文章というものを愛していらっしゃるんだろうな、と随所で感じました。
 使い方を間違えば、人の心を葬り去ることさえできる文章に対して、本当に謙虚でおられた姿が忘れられません。
 この方を通じて、たくさんの良書が出版されるのも、納得できました。

 小川先生もとても素敵な方でした。
 ライターとして、良いことばかりではない、ある意味きついなぁ、と感じる側面もお話してたんですよね。
 でも、私の記憶の中では、輝いてる❣というイメージが残ってます。
 大ファンの小田和正のインタビューの仕事が入った時のエピソードは忘れられません。

 小田和正のコンサートに行って、感動、感動の連続だった様子を聞きながら、
「私もまっさん(さだまさし)のコンサート、行かなくちゃ〜❣」
 と考えていたぐらいです。

 そして、大愚和尚様。

 素晴らしいお話、本当にありがとうございました。

 今でも、大愚和尚の一問一答は、私にとって大切な気付きをくれる、貴重な動画です。

 先日、あきば大祭の時にされた、説法の動画を拝見しました。

 私が読者登録した時は3000人ぐらいでしたが、その時は10万人を越えていました。

 寺町の夢について語られ、ミャンマーにあるバガン遺跡に関連したお話、法華経のお話、ビタミンCのお話、たくさんのことが印象に残っています。

 そして、お話の途中に突然泣き出され、一問一答に質問を送り、解答の動画を待っている1300人に及ぶ相談者の方を案じているお姿。

 もう、死にたい、という深刻な内容もあるということでした。

 今はこうしているけど、私だっていつ1301人目の相談者として、解答を待つ死にたいほどの悩みを持つ人間になるかもしれないと思うと、他人事ではないと感じました。

 それほどに、ある意味ではカオスのような時代を生きてるのかも知れません。

 説法の中で、相談中にリストカットした学生さんが、空手をしていた和尚様のビンタを食らって飛ばされたこと、その彼女がその後、介護の仕事をしているそうで、心の奥が、どこからともなく暖くなるのを感じました。

 和尚様のビンタはどれだけ痛かっただろう、と思わず考えました。

 リストカットをしてしまうのは、生きてるということを実感したいからだと、聞いたことがあります。

 リストカットをすれば痛いし血液が流れるので、それで生きてる自分を確認するのだそうです。

 生きてる実感を失うほどの何かがあって、その何かに立ち向かうのは、本当に容易なことではありません。

 そんな彼女が、もしかしたらリストカットよりも痛かったビンタで、何かを感じたのは間違いない事実なのだと感じました。

 和尚様のお話は、いろいろなことが今でも思い出されます。

 そして、一番心に残っているいるのは、有難う、に関することです。

 有ることが難しい、だから有難う、それがこの言葉の意味だとご存知の方は、たくさんいらっしゃると思います。

 あるご年配の方が、和尚様の手を取って何度も何度も
 “有難う”
を繰り返された時、和尚様は
 “おばあちゃん、いったい何がそんなに有り難いんですか?”
 と、聞いたところ
 “その存在自体が有り難いんや。”
と、答えが返って来たそうです。

 泣けて来ました。

 今でも、その内容を思い出すと、涙が浮かびます。

 有ることが難しい、だからその存在自体が有り難い、というこの内容を、どれだけ噛み締めて生きているでしょうか。

 今、ここに有ることが “奇跡” なのだと、それは私も、あなたも、そして存在しているものがすでに奇跡の結果なのだと。

 その、奇跡の存在を目の前にしながら、いつから当たり前が横行したのか、私にはわかりません。

 私が禅クリシリーズで一番書きたかったのは【5】命の本質でした。

 そこに触れることで、存在の本質に回帰すること、そうすることで、自身に回帰することの大切さを自身に訴えていたのだと思います。


 こうしてブログを書いて、すでに70本以上アップしましたが、私の記事の中で一番読まれているのは
 "大愚和尚の一問一答との出会い"
です。

 時には新しい記事をアップしても、
 "大愚和尚の一問一答との出会い"
が、アクセス数では首位を譲らなかったこともありました。

 悩みに寄り添い、その人がその人らしく生きていけるようにするのは、並大抵のことではありません。

 人間は最後には、真心、愛、真実を見極めます。

 いくら口ではいいことを言っていても、そこに真心、愛、真実が存在しないと、そういう人の言うことは聞けないものですよね。

 空手をされてた和尚様のビンタを食らった彼女は、多分

"あなたしかあなたの人生を生きれないんだ!
どうやったらそれをわかってくれるんだ!"

 という感じかどうかはわかりませんが、今まで誰からも感じることの出来なかった、真心、愛、真実を、そのビンタの中に感じたのだと、私は思っています。

 そして、自分自身の人生を生きながら、真心と愛と真実を内包して、本当に人の悩みに寄り添っている無名の方も、この世には思った以上にたくさんいらっしゃることを、この年齢になって実感する今日この頃です。

 そういう方に巡り会うたび、絶望だけではない人間社会の側面を確認し、そして、再び立ち上がろうとする自分がいます。

 本当に有り難いことですね。


 最後になりますが、本当に禅クリエイターズアカデミーに参加出来たこと、嬉しく思っています。

 関係されたすべての方に、心から感謝致します。

 そして、この為にわざわざ休みを取って海外から行く物好きは私ぐらいだろうと思ってましたが、上には上がいました。

 彼女はニュージーランドから。

 その彼女とは今でも時々メールでやりとりしてます。

 その彼女も最近ブログを始め、私はその方の記念すべき第一号のフォロワーになりました。

 そして、私のブログを読んで下さったたくさん皆様、本当にありがとうございました。

 平成最後の年末年始、素敵な時間をお過ごし下さい。

 尚、You Tubeの動画配信など、大愚和尚様に関連する内容はナーランダ出版さんがなさっています。

 関心のある方はそちらのサイトを検索して下さい。

 ナーランダというのは、インドの言葉で
“知恵の花”
 という意味だそうです。

 一人ひとりの内包された何かが、どうかつぼみとなり、花を咲かせ、後世に何かを残す種を結べる2019年となりますように。