しばらく連絡がなかったある友人から電話があった。


何かと思えば、韓国語で文章を書いて応募したいんだけど、どうやったらいいか教えて欲しい、というのだ。
えっ、なんでこの友人が文章???と思い、事情を聞くと賞金稼ぎの一環で、実家に帰る為に少しでもお金が必要なの!と言う。
実は彼女、この8月に夫を癌で亡くしている。
実家の兄も同じ病を患っていて、帰れる時に帰って会っておかないと、と思っていたと思う。
夏に«襟裳岬»という記事をアップした時に少しだけ彼女のことを書いた。(関心のある方は記事一覧から襟裳岬に入って下さい。)
昨年8月末に、末期の肺がんと診断された彼女の夫。
以降15回に及ぶ抗がん剤治療を受けた。
驚いたことに、仕事を終わらせて入院、治療を受け、終わるとすぐに仕事に戻っていたと言う。
抗がん剤の治療自体も本当に大変なはずなのに、どうやって15回もそれをやり通したのだろうか。
家族に対する責任感なのだろうか。
1996年に韓国に来て、わたしもいろんな事を目撃して来た。
在韓の日本人ママさん達の中には結構、夫を亡くしている人も多い。
事故、病気、など、異国に住んでいるからと言う理由でそういう運命から逃れられることも出来ない。
受け入れ難い現実に直面しながら子育てしてるママさん達も一人や二人ではなく、母国にいても大変なことを異国の地でやっているのだから、その大変さは表現しようがない。
そして、子供を産んでまだ若いのに他界したママさんもいる。
やりきれない思いが重なり合うが、私は神でも仏でもないのでどうしようも出来ない。
彼女の夫は亡くなる半月前まで仕事をしていた。
入院した時には頭に転移した癌細胞のために、すでに意識が混濁していたそうだ。
SNSでいろんな情報が流れて来るたび、何も出来ない自分がそこにいた。
それとは対象的に、黙々淡々と現実に対処してる彼女を眺めながら涙が頬を音もなく流れたこともあった。
彼女は夫が入院中、一つの英断を下した。
それは、延命治療はしない!ということ。
痛みに対する対症療法のみを病院にお願いしたのだ。
他国から嫁に来た彼女が夫の親族を前にこれを押し通すのは、並々ならない、本当に並々ならないことなのだ。
良くも悪くも"血は水よりも濃い"ということを、地で行っているような民族性を持っている人達を相手に良くもまぁ…。
でも私はこの時、一方で安堵していた。
延命治療するためには気管切開をしなければいけない。
気管切開をすれば、当然喋れない。
自分の意思を自由に表現も出来ずに、死ぬことすら延長される。
延命治療は、いたずらに闘病者と家族に多大な苦痛と犠牲を強いている側面があることを忘れてはならないと思う。
そして、何日か後、彼女の英断がある幸せを運んで来た。
それは…。
実は彼女の夫と夫の父親はとても仲が悪かった。
仲が悪いというレベルではなく、自殺未遂事件まで起きていた。
その状況を聞いて知っていた彼女は、死んだら父親に会うことにもなるのに恐ろしくて死ねないんじゃないだろうかと、心配の山だった。
ところが…。
ある晩、朦朧とする意識の中、ご主人が亡くなった父親と会っていて
"とても気分がいい、とても気分がいい。"
そう言いながら、胸で両手を合わせている夫の姿を見た。
彼女はこの時、山のような心配事から開放された。
そして、待ち続けた和解を確認するかのように、何日か後に夫は静かに息を引き取ったそうだ。
夫の49日は、一点の曇りもない爽やかな秋晴れだったことを今も忘れられない。

その後、彼女はもちろん倒れた。
一年前からわかってはいたとしても、実際に病院に付き添い、見送り、49日までしたのだ。
無理をしてないわけがない。
だから放っておいたのに、来た電話の内容が文章の事だったので本当にぶったまげた。
まぁ、わたしも人はいい方(?)だし、わたしができることしかしないので、彼女には正直に伝えるた。
"公募する側の意図が何なのか考えてね〜。
でもそれに囚われ過ぎないでね〜。
最後は真実がものを言うから。
審査する人も人間だし、作品全部読んでるわけじゃないんだよね。
やっぱり引き込まれる作品しか最後までは読まないし、最後まで読んだ作品の中からいろいろ賞を決めてるみたいだし。"
と言った後、
"もしも、嫌じゃなかったらご主人さんのこと、書いてみたら?、もちろん書けたら、なんだけどさ。"
とアドバイスして、彼女の英断がどんなにたくさんの人に幸せをもたらしたか、私の視点で話した。
そして、受賞とは関係なく、文章化したことで彼女の気持ちが整理されることを、ちょっと強調した。
結果がどうであっても、書くと言う作業をすることで、彼女に利益があることは間違いないと感じたから。

お陰で彼女は、多文化家庭から300点と言う作品の応募があった中、なんと大賞を受賞した。
賞金のあまりの少なさに一瞬顔が歪んでたかも、とか言ってたけど、
その後、日本の実家にも帰って来て、
彼女の栄光の受賞式の写真は、本当にこれから残された家族と共に生きていくという重圧をよそに、本当に輝いていて美しく、SNSの友人たちから、怒涛の賛美と祝福のメッセージが送られていた。