自分の何かに蓋をして、


そしてどこかの時点でまた蓋をして、
そんなことを繰り返し繰り返し、
もう、いつ、何に蓋をしたのかさえ思い出せなくなった。
それでも確かに生きていたから、
たくさんの通り過ぎる景色を見てきた。
苦し紛れの言い訳をあれこれ並べながら、
それでも通り過ぎる景色を見てきた。
自分駅が見えないほど遠くに来て、
初めて自分駅を再確認したいと思う。
いつ、どこで、何に蓋をしたのかさえ思い出せないくせに、
どうやって自分駅を再確認するのだろう。

自分に蓋をして失ったものの多さにすがって、
自分に蓋をしたから認識できた世界もあることから逃げたかった。
そうしなければ生きれなかったその時の状況から、
その選択の故に痛み続ける何かに執着して、
不幸の責任をとってくれと叫んで、
また、自分の何かに蓋をする。

正しいとか正しくないとかではなく、
どうか、
失郷した、ということを認識でき、
それ故に理解できた空虚と、
それだから、認識できた世界観の一つ一つ、
それもまた、わたし自身なのだと、
受け容れることのできる知恵と勇気を、
どうか我に与え給え。