和尚様がある女子学生の相談を受けていた時のことだった。




彼女は相談している和尚様の目の前で、突然手首を切った。
少し話がわき道にそれるが、私は韓国に来て二度の出産を経験し、上の子供が保育園に通う年齢になった頃ぐらいから、精神的に病んでいたものが、一気に悪化したことがある。
夜中の2時になると決まって自分の唸り声で目が覚めた。
寝たいのに寝れない。
すぐにまともに食事ができなくなって、
3ヶ月もたたないうちに、20㌔近く体重が減った。
その時の経験から、深刻な問題をかかえてしまった人の相談は受けてないようにした。
素人に相談しても、相談する方も、される方も、結局は利益になるところは何もないし、
相談の場では、本当に通常では考えられない突発的なことも起こり得るので
専門家に任せるべきだと思っている。
もちろん私は病院に行き、相談もした。薬も飲んだ。
でも私があの重症の状態から回復できた理由の一つは、
“病気”を客観視できていたからだ。
病気、というのがそういうものだという認識のレベルが普通の人と違っていたお陰で、
私は自身の生命を守ることができた。
すべての人が看護学を体系的に学んで、日常的に様々な病気をかかえた人に携わるわけではないし、
生命の危険性を配慮しながら、何らかの治療を受けるほどの精神的な病気を経験するわけでもないので、こんなことを書いている。
話をもとに戻して、
和尚様が手首を切った彼女に言った言葉が、深く深く印象に残った。
「あなたは死にたい、と言って手首を切ったけど、よくご覧なさい。
血液はある程度の時間が経てば固まって止血するし、
その傷だって多少跡は残るけど治ってしまう。
どんなにあなたが死にたい!と言っても、あなたの身体は必ず生きようとするんだよ!」
YOU TUBEの動画の中ではこういう内容も語っておられた。
“生きてる間は生きようとする。そして、プログラミングされた時期が訪れたら、自滅する、それが生命だ。”
私はこのお話を聞きながら、以前見たNHKの番組を思い出していた。
それは、生命の本質は
“個性”
という、大学生の研究発表だった。
その大学生はこういう例えをしていた。
同じ種類のパンは作れるが、全く同じパンは作れない。
小麦粉、イースト菌、水、干しぶどうなど、全く同量の材料を準備し、全く同じ条件で練り、全く同じ条件でねかせ、全く同じ条件で焼いた、
としても、干しぶどうの散らばり方は同じにならない(同じにできない)
という訳だ。
だから、生命の本質は“個性”
なのだと、この大学生は発表していた。

人体を構成している細胞は60兆個とか、37兆個とか言われてるそうだ。
インターネットをみると、60兆個というのは根拠が曖昧で、どうも37兆個というのが信ぴょう性があるらしい。
37兆個の細胞のうち、26兆個は赤血球だそうだ。
この赤血球、酸素を身体全体の各器官に運び、そこで不要になった二酸化炭素を回収してくるのがお仕事だ。
そして、この26兆個にも及ぶ赤血球、似てるけどそれぞれ微妙に大きさや形が違う(多分重さも)。
細胞の大半は水分で、その水分の中にその細胞を構成する様々な要素を含んでいる。
赤血球の場合は水分とヘモグロビン。
細胞分裂しながら全く同じにできないのは、先程のパンで言うと、干しぶどうが全く同じようには散らばらない、ということでおわかりだと思う。
それが何か?
と思う方もいるだろう。
私はこういうことには、異常に興奮して、感動してしまうDNAの持ち主で、
どれだけ多くの人が生まれて死んでも、
いや、今生きてる自分の肉体の中でどれだけ多くの細胞が再生を繰り返しても、
まったく同じものが、で·き·な·い❣
スゴイ、
なんてことだ、
人体には37兆個も細胞があるんだよ、
最初から数えることを放棄したくなるほど数なんだよ、ね。
それが人間だけじゃない。
動物、植物、昆虫、細菌、その他いろいろに至るまで。
いったい、
どうして?
何故?
なんでこんな荘厳で神秘的なことを創造主はするんだろう?
生まれた瞬間から、自滅へのカウントダウンが始まる生命に
唯一無二という究極の個性を与え、祝福をしたんだろうか?
とグルグル回転しながら考えてしまうのだ。

そこに、
どうせ死ぬのに何故生きるんだ?
どうせ散るのに、花は何故咲くんだ。
どうせ下山するのになぜ山に登るんだ?
という疑問に対する答えがあるのではないか、と感じてしまう私がいる。

-成長したカムジャ-
自覚していてもいなくても、
生命の拠り所である体のあるものすべては、
いつかは土に帰って行く。
例外無く帰って行く。
今、この瞬間が、体をまとった生命あるものにとっては、残された時間が一番長い瞬間なわけで、
人体の細胞はこうしている今も、消滅と再生を繰り返しながら個体としての機能を維持し、そして確実に死、に向かって生きてる。

どうせ消滅するなら、大量生産で全く同じ細胞を作った方がよっぽど効率的で楽チン、創造主ならそうできただろうに、
究極を言えば、造らなければよかったのに、
それをしなかった。
そこに、貴方があなたを生きなければならない理由があり、
私がわたしを生きなければならない理由があるのだと、
声としては聞く事ができない生命の叫びが、
私の中でいつまでもこだましていた。
