和尚様は自然が大好きだそうだ。


それも、“手づかず”の大自然。
そして、この“手づかず”の大自然の中で、多くの人が癒され、多くの人は生きる上に必要な気付きを得てきた。
こんな話をされた。
「自然界ではどんな生命も、自分で自分を守ってます。」
たとえば、アカシア。
キリンのかっこうの餌だが、食されるとエチレンガスを発生して仲間に危険を知らせる。ちなみにエチレンガスを発生した木の葉は“苦い😰”
ブナの原生林。
地中に張りめぐらされた菌のネットワークで、弱った仲間がいると再生を助けている。
極めつけは松。
松を好んで食べるマツムシなど、その唾液から犯人を特定し、その犯人の天敵をフェロモンを出して呼ぶ。
ご存知のように、樹木は人間が移植しない限り、引っ越しはしない。
それぞれの種が、それぞれの方法で自己防衛をしていたのだ。
驚きを通り越して、感嘆してしまった。
時々、森林浴しながら枯れてしまった松を見かけたが、
あれは、フェロモンを出せなくなって、マツムシに食われたい放題に食されて枯れてしまったのか……と、初めてわかった。

私は、マツムシに食われた松だった。
それでも日本にいた時は、自分がフェロモンも出さなくても、マツムシを取ってくれるいろいろなものや人に守られていたので、なんとか生きていた。
それが、韓国に来た途端❣
私を守ってくれるものは何もない。
土台、守ってくれるものがたくさんあったから、ますますそれらに依存して、面倒くさいフェロモンを出す作業をしなくなっていた。
そんな松が、すぐにフェロモンを出せるはずもなく、
私はすぐにマツムシのかっこうの餌食になっていた。
もう、抵抗する気力も失った松(私)は、
“こうやって、このまま死んでいくのかなぁ。”
と、まぁ、こんな感じだった。
完全に心身ともに病んでいたのだ。
なされるがままだった私にスイッチが入ったのは、
二人の息子が自分の人生に登場していて、その影響力をハッキリと認識した時だった。
付け加えると、妊娠出産した時とは、かなりの時間差がある。
それからは、なりふり構ってなかったところもある。
あ〜でもないこうでもないという手探り状態だったのに、
心が決まると、不思議なものでいろいろなことが導かれ、助けられた。
マツムシにくわれても、生きようとしてなかった時はなかった助け舟も、
生きようとしたら、次第に登場するのだから人生は面白い。
もちろん渦中にいる時は必死だったのでこんなふうには考えていない。
今、当時を振り返って感じることである。

松が松らしく存在していると、結局はその生存を脅かすマツムシは近ずくことはできない。
自己防衛は、その個体に備わっている機能、言い換えればプログラミングされている機能なのだ。
自分自身が何者かを知り、備わってる機能を開発して有効に使えるようにすること。
それが自己防衛の最も有効な手段なのだ。