大愚和尚のイメージは、潔ぎよく、配慮がありつつも真摯で実直。

 相談者の悩みに寄り添いながら、そのトンネルから抜け出ることを願うからこそ、かなり厳しいと感じる解決手段を処方している動画も何度か見た。

 500年以上の歴史がある福厳寺の31世住職。

 しかし、厳しい師匠(30世住職、父親)や、堅苦しいお寺のしきたりに反発しており、何がやりたいかはわからないが、やりたくないことははっきりしていた。
 それが、
"お坊さん"
という青年だった。

 高校生の頃、アルバイトをして貯めたお金で家出。

 家族の誰にも告げず、行った先はオーストラリアだった。

 オーストラリアは親日かと思いきや、当時は日系企業の進出で、行き場を失った人たちがたくさんいて、反日感情が結構強かったそうだ。

 持ち金は100万円。

 高校生で、また、当時のお金で100万円というのは、そんなに小さなお金ではなかったはず。

 高校生が全ての世界を手中に納めたと錯覚しても、何の不思議もないだろう。

 実は、この家出で日本では捜索願いが出されていた。

 オーストラリアをヒッチハイクで移動していたある日のこと。

 止まったあるドライバーに行き先を告げると、Okay、乗れ、ということで同乗した。

 そして、近くで降ろされた。

 いや、そのはずだった。

 実は、そこは砂漠の真ん中だった。

 結局、何日も飲ます食わずで、砂漠を歩き続けた。

 その恐怖と孤独と恐ろしいほどの砂漠の静寂と日中と夜間の激しい寒暖差。

 いつ、精神に異常をきたすかわからないその中で、自身を保つために口にし続けた言葉があった。

 それが、幼い頃から毎日聞いて、そして唱えていた(唱えさせられた?)
"お経"
だった。

 何日かあとに、運良く軍部隊に発見され、保護された。

 そして、日本に帰れたそうである。

 和尚ご自身、当時を振り返って講話の中でこう語られた。

「オーストラリアを甘く見てました。」

 一番前の席で半分笑って、半分凍っていた私。

 人ごとだけど、人ごとではなかった。

 土台、どんなに頑張っても国外で生活したことのない私も、

 韓国を甘く見てたよな〜、と思った。

 ソウルを見て、韓国を見た気になっていた愚かもの。

 反日感情という言葉は知っていたし、少し歴史のことも勉強したけど、

 その根の深さ、背景を理解した、なんてのは大きな勘違いで。

 実際に生活を始めて、ことあるごとに
「こんなハズじゃなかった。😭」

 と、泣きっ面に蜂。

 お陰で、この大きな勘違いを修正するために、生活しながら、言葉を覚えながら、子育てしながら、たくさんの時間を投資し、それなりの努力を強いられた。

 日本にいた時にそれなりにいろいろな想像をしてたと思っていたのだか、

 それは所詮、日本にいる時に日本で生活して来た、私なりの定規で想像した、韓国だった。

 人間、悲しいかな、自身が見たことも、触れたことも、体験したこともないことは、本当の意味での想像は出来ないんだとわかった。

 自分の持ってる定規が全く通用しない世界があることがわかったのは、韓国で実際に生活したお陰だ。




 ともあれ、和尚様の家出騒動は一見落着し。

 帰国後、駒澤大学に進学され、東京での生活が始まった。

-続く-