3月21日は、春分の日ですね。

当日はあたし、この内容をアップできないので、前もって上げてます。
日本で春分の日が公休日になったのは1948年(昭和23年)だそうです。
自然をたたえ、生物をいつくしむ、というのがこの公休日の主旨だそうです。
お昼と夜の長さが同じ日、と、子供の頃はそう記憶してました。
でも実際、日本では14分ぐらいお昼の方が長いそうです。
雀が巣を作り始めたり、ひばりが空を飛んで鳴き始めて、
わぁ、春だわ、春💐と感じる頃です。
地域によってはこの日が、桜の開花予報と重なってるところもあるようですね。
お墓参りなされる方も、たくさんいらっしゃることでしょうね。
この日に食べるのをぼた餅、と言い
秋に食べるのを、おはぎと言うそうです。
同じものなのになんで?
私もそう思いました。
ぼた餅は漢字だと、牡丹餅。
おはぎは、お萩。
となるそうです。漢字で書くとその違いがわかりますよね。
ところで、このお彼岸。
これは日本発祥のものだそうです。
大同元年(806年)に行われた早良親王の鎮魂の儀式が、その始まりだそうです。
早良親王は、奈良時代末期の皇族で、光仁天皇の皇子でした。
英明の誉れ高く、11才で出家。
一度は仏道に入りますが、還俗しました。
兄であった桓武天皇(母親も同じでした)が即位すると皇太子となります。
奈良時代の末期はいろいろなことがあり、遷都を推進しました。
当初は長岡京遷都の計画で、藤原種継が、責任者として抜擢されました。
その藤原種継が殺される事件が起こり、犯人は捕まりましたか、その黒幕が早良親王だと言われて、お咎めを受けます。
一説によれば、桓武天皇が息子に皇位を譲るために濡れ衣を着せたとか、とも言われています。
早良親王は乙訓寺に幽閉された後、流刑地であった淡路島に移送中、その船の中で抗議の断食を決行し、憤死したそうです。
その後、桓武天皇の親族に様々な異変が起こり、
遂に伝染病まで発生し、たくさんの方が亡くなりました。
この状況で、長岡京遷都は諦め、京都に遷都することになりました。
この早良親王のたたりを鎮めるために行った儀式が、お彼岸の起源となったそうです。
日本では菅原道真といい、早良親王といい、このたたりという概念、歴史を動かしてますよね。
日本にいた時は感じませんでしたが、外国で生活するようになって、こういうことが認識できるから不思議ですね。

1年の中でもエネルギーが変わる春分ですか、
今年の春分は、生きてる地球のエネルギーが変わる時とも言われています。
人によっては、過去のいろんなことが、清算したいがために、感情的にいろんな思いが押し寄せるそうです。
もう手放したらいいですよ〜、と言うサインだそうなので、
手放して、それから自由になって、新しいステージに行けばいいそうですよ。
そうして、皆さんの本来の心が育んできた、たくさんの良い種を、
蒔いて、大切に育てていきましょう。
あたしにとっては、これが本当の意味での先祖供養、そして、お彼岸の意義です。