田村「なぁ、ひーちゃん」


森田「どうしたの?」


田村「ひーちゃんは高校卒業したらどうするん?」


森田「ん〜、私は地元の大学かなぁ…どうして?」


田村「あんな、ひーちゃんにずっと言いたかってんけど…」



正直、別れを切り出されるのかと思った。

いつもの明るい保乃ちゃんからはあまり見られない神妙な面持ちに、楽しい話ではないんだと何となく察せてしまったからだ。



森田「うん」


田村「保乃な、この大学からバレーで推薦来てて」



液晶画面に映し出されたのは、ある大学のホームページだった。名前になかなか難しい漢字が使われていて、たぶん読み方に自信を持てなかったのだろうと、なぜだか彼女への愛おしさが募っていく。


保乃ちゃんはバレー部のキャプテンを務めるほどだったし、推薦の一つや二つは普通なのかもしれない。

それは本当に凄いことなのだけれど、保乃ちゃんはどこか物憂げな顔をして、その大学に行きたい理由、卒業したらどうするかなど、事細かに進路の詳細を語り始めた。


彼女の懸命な説明の中に、聞いた事のない街の名前が挙がってハッとする。きっとそれはキャンパスがある場所で、いったいどのくらい遠くにあるのだろう、とわからないまま相槌を打つ。ああ、この嫌な予感はきっと当たってしまうんだ。



保乃「っていう感じなんやけど、どう思う?」



そう保乃ちゃんが言って、寂しさとか未練とかそんな幼い感情が花びらみたいに私の心の中で舞い散る。


保乃ちゃんが行きたい大学はかなり遠いところにあって、そこの近くで一人暮らしをしたい、というのが彼女の説明の概要だ。


高校を卒業したら二人で暮らそうって言っていたのは保乃ちゃんなのになあ。そんなことを本人に言ったところで意味なんか無いって分かっているけど。負け惜しみみたいな感じだ。


賛成した方がいい?反対した方がいい?

本人に聞くわけにもいかず、彼女の瞳に訴えかける。その中に手がかりは無いかと不毛な探りを入れつつ、ずっと黙り込んでいた。保乃ちゃんは優しいから、催促のようなことはしなかった。


話によると、保乃ちゃんはどうやら私と別れたいという訳じゃなく、遠距離恋愛という形で関係を継続させたいらしい。


恋人として保乃ちゃんのそばにいれないのなら、付き合ってる意味なんて無いのに。

もし保乃ちゃんが向こうで落ち込んでも、寂しさを感じても、抱きしめてあげられない。そんなの生殺しだ。


どちらかを選んでも、どちらかしか幸せになれない。そう考えてしまうのは、私の心が狭いからなのかもしれない。


それなら、私は保乃ちゃんに幸せになってほしい。保乃ちゃんの幸せが私の幸せだ、なんて綺麗事には無理があるけど、私が反対して彼女がここに留まればその大学に未練が残ってしまうだろう。私の勝手な感情で、容易く保乃ちゃんの人生を決めてしまえるほど無責任ではないと自負している。それに、無理に関係を続けようとする方が保乃ちゃんを縛ってしまうような気がする。向こうにも、きっといい人はいるんだろうし。


恋人としての存在意義を失うくらいなら、保乃ちゃんと別れる。それが保乃ちゃんのためだという建前すら、私の強がりだ。本当は離れ離れになんてなりたくないし、別れるなんてもっと先の話だと思っていた。自分の気持ちを押し殺すことをやさしさと呼んでしまえば楽だけど、そんなのは保乃ちゃんが望むことなのだろうか。


彼女の幸せを願えば願うほど、心のキャパシティを悲しみが軽々と超えてしまう。溢れ出したそれは涙になりかねない。強く唇を噛む。泣き出すなんてダサいじゃないか。それにここで泣いてしまえば、保乃ちゃんは私のために妥協を選んでしまいそうだし。


保乃ちゃんのやりたいことを一番に応援してあげたいけれど、保乃ちゃんとずっと一緒にいたい。そんなの我儘だ。自分でもわかってる。

こんなに難しい選択を迫られるのならば、別れ話を切り出された方が楽だったのかもしれない。


ずっとこのままじゃダメなのかな。


輝いていた高校生活が当たり前だと思い過ぎていた。そりゃいつまでも続くわけじゃないことはわかっていたけれど、保乃ちゃんと過ごす日々が遠い思い出になってしまうなんて考えられない。やっぱり、わかってなんかなかったんだ。


きっと頭を捻れば二人とも幸せになれる選択はあるだろうに、私はどうもそうしようとは思わなかった。ジレンマに屈してしまう自分が不甲斐ない。もしかしたら、前々から負い目を感じてたんじゃないのか。


私じゃ保乃ちゃんを幸せにしてあげられないって。



森田「私は、保乃ちゃんが選んだ道を応援したい」


田村「ほんまに、!?」


森田「でも、遠距離恋愛はできない」


田村「え、、?」



パァッと明るくなった保乃ちゃんの表情に釘を刺すようだけど、こう言うしかなかった。



森田「保乃ちゃんのことは大好きだし、バレーも頑張ってほしいなって思ってる。だけど、恋人としてそばにいられないのは、嫌だな」


田村「確かに距離は離れてるけど、ほら、テレビ電話だってできるやんか」


森田「画面越しに保乃ちゃんと顔を合わせられたって、もっと恋しくなっちゃうだけだよ」



ああ、ダメだ。泣いちゃダメだ。何のための強がりなんだ。

保乃ちゃんの眉尻が下がっている。涙の兆候だ。なんて可愛いんだろう。守ってあげたい。いや、守ってあげたかったの方が正しいのか。



田村「っ、、じゃあ、定期的に帰ってくるから」


森田「時間もお金もかかるし、保乃ちゃんに申し訳ないよ。自分の時間を大切にしてもらいたいしさ」



無理のある作り笑いで、なんとか平然を取り繕う。最後の意地っ張りだ。保乃ちゃんを泣かせるのも、これで最後になるんだろう。



田村「ねぇ、ひぃちゃん…!なんでそんなこと言うん、?」


森田「私だって、できることならずっと保乃ちゃんのそばにいたいよ!


田村「それなら反対すればええやん…!!!無理にでも引き止めてくれたら、保乃もここに残るって決められるのに」


森田「私の勝手な感情で保乃ちゃんの未来を決めるなんてできないよ。保乃ちゃんが行きたい大学に行ってほしい


田村「なんでなん…?なんでそんなに保乃のこと想ってくれてるのに遠距離恋愛じゃあかんの、、?」


森田「だって保乃ちゃんが向こうで辛い思いをしてる時に、私何も出来ないんだよ?そんなの耐えられるわけないじゃん…」


田村「何も出来ないなんて、そんなことあらへん、!


森田「保乃ちゃんは色々溜め込んじゃうタイプだし、そばにいなきゃわかんないことだって沢山ある。保乃ちゃんのこと一番理解してあげたいのに、それができないなんて付き合ってる意味ないじゃん、、!」



思いの丈を全て保乃ちゃんにぶつけた。私は嫌な奴だ。保乃ちゃんのためだという言い訳で、自分の醜さを匿うなんて。

保乃ちゃんはその後、もう何も言わなかった。と言うより、泣いていたから何も言えなかったんだろう。


号泣する保乃ちゃんの背中をさすることしか私にはできなくて、やるせない感情が胃をフツフツと覆う。もうしょうがないんだ。



森田「そんな泣かんでよ…」



途端に涙が溢れた。どれだけ強く唇を噛んでも、歯を食いしばっても、悲しみが我慢を追い越してしまう。涙も、保乃ちゃんへの想いも止められなかった。


保乃ちゃんのことが大好きだ。だから今、固く繋いでいた手を離す。この決断を一生後悔したとしても、保乃ちゃんの幸せを願いたい。

憧れの大学があるその街に、保乃ちゃんの未来が続いているのなら、私はこれ以上の幸せを欲張らない。



結局私たちは泣き疲れて、二人で眠りに落ちた。改めてシングルベッドの狭さを感じる。真冬の夜風が私に強く当たっても、私の目の前には保乃ちゃんの体温があった。










3月、別れはすぐにやって来た。


あの日から今日まであっという間に時は過ぎて、ついに今日、保乃ちゃんが旅立つ。

新しく思い出をたくさん作ったけれど、私の胸の空白はいつまでも埋まらないままだった。自分が選んだことなのだけれど、やはり寂しいものは寂しい。もっと春が長けりゃなあ、なんて嘆きはこれで何度目だろうか。



田村「じゃあ、行ってきます」

森田「体調には気をつけてね」

田村「ひぃちゃんも気ぃつけてな笑」

森田「うん笑 行ってらっしゃい」



駅のホームの端。荷物を車両に乗せて、保乃ちゃんがドアの前に立つ。何か優しい言葉とか声をかけようとしたけれど、ぎこちなく手を振ることしか出来なかった。


保乃ちゃんはアナウンスと同時に車両に乗り込むと、切なげな笑顔で手を振り返してくれた。

楽しかったこと、喧嘩したこと、辛かったこと。思い出として脳内を馳せていく記憶の数々。最後の最後で、色々な想いが込み上げてくる。


それらを愛と呼ぶならば、私は保乃ちゃんのことをちゃんと愛せていたのだろう。なんとなく安心した。


プシューという音と共にドアが閉まっていく。この隔たり一つで私たちの関係は終わるんだ。



田村「ごめんね」



そう保乃ちゃんが呟いて、ドアが完全に閉まる。

ただ呆然とその言葉の意味について考えていると、電車はもう見えなくなっていた。



満開だった桜が風に吹かれて、無数の花びらがヒラヒラと宙へ舞う。桜は散るその姿さえも美しく感じる。それは、桜の花弁一枚一枚が純粋な麗しさを持っているからだと思う。


いつか散ってしまう運命なのだとしても、私は満開だったその桜をいつまでも忘れられない。













サブで投稿してた森田村を上げ直しました〜、、