翌日。

小坂さんに会いたいような会いたくないような、言葉にし難い二律背反の思いを抱え、重い足取りで登校した。
あの後、一時の高揚が嘘かのように罪悪感が押し寄せてきて、一睡も出来なかった。

あーーーーー、すんごい死にたい。。。

ネットで調べてみたら、世間ではそれを賢者タイムと呼ぶらしい。一般的には15分程度と言われているのに、私の場合は今も継続している。

ほんっとに。どんな顔して彼女に会えばいいのか。

あんなことをしておいて、今更小坂さんと仲良くなろうなんて思ってない、はず。


田村「ひーちゃんはどう思う?」

森田「え?」

田村「だ〜か〜ら〜!好きな人を振り向かせる方法!」


いつの間にそんな話題に変わったんだ……
そのビジュで振り向かない人なんていないでしょ、、


森田「保乃ちゃんは何もしなくても振り向かせられるよ」

田村「そうだとええんやけどなぁ…もしひーちゃんやったらその子が何もしてへんのに急に好きになったりするん?」


やめて!やめて保乃ちゃん!話題がタイムリー過ぎる!
いや待て!好きになったって訳じゃ…!

""森田「.....すき、小坂さん、だいすき、っ」""

蘇る昨晩の記憶。流血するぐらい机に頭を打ちつけてしまいたい。星になりたい。


森田「エードウダロースルカモネー」

田村「なんやねんその棒読み笑」

森田「ホノチャンナラダイジョブダッテー」

田村「あとは気づいてくれるだけなんやけどな…」

森田「ウンウン!ホームルームハジマッチャウカラセキモドルネー」


本当にアンドロイドになれればよかった。感情を全て失いたい。

自席に戻る道中、無意識のうちに例の彼女に視線が向いていた。私の目に映る小坂さんは今日も綺麗で、何故かそんな彼女の清純を穢してしまったような気がして、すぐにその視線を何処かへ追いやる。

とは言っても、彼女がエスパーでもない限り、昨日何があったかなんて知る由もないのだけれど。

そうだよ、表面上は小坂さんと何もないんだから気にしなきゃいいじゃないか。そう自分に言い聞かせて顔を上げる。俯いていたのを気にしたのか、担任と目が合う。

少し不安げな表情を浮かべる大人に、私は眉を下げて控えめに笑った。


「え〜、体育祭が近づいてきたんで実行委員決めたいんだけど、やりたい人いる?」


情けない声で彼は言う。広い教室にその声は響かず、後ろの席では「なんつった?」という小声での会話が繰り広げられていた。普段ならここで手を上げないのが私のポリシーなのだが、担任を不安にさせてしまった償いとして、ここは買って出る事にした。まぁそれはあくまで建前。本音は体育祭に熱中すれば小坂さんを少しでも忘れられると思ったのだ。あとなんか楽そう。

掌を耳の横まで上げる。担任はすぐに気づき、ほんの少し驚いた顔で「じゃあ一人は森田で決定ね」と呟きながら黒板に私の名前を記し始める。

そしてすぐさま長い茶髪の毛先が揺れた。


田村「それって女子二人でも大丈夫ですか〜?」

「え、あぁ、うん。大丈夫だと思う」

田村「じゃあ保乃もやります!ひーちゃんと!」

「えーと、他にやりたい人いる?


虚しいことを聞かないでくださいよ。保乃ちゃんとやりたい人は星の数ほどいても、私とやってくれる人なんて世界で3人くらい。お母さん、保乃ちゃん、犬。
教室よ、静まり返らないで。お願いだから。

担任の視線が動いた。完全に保乃ちゃんを捕らえていたように思えたそれは、私の席とは真逆の方向に向いている。
その先には、白い腕が真っ直ぐと伸びているのだった。

え?誰?


「えーと、小坂も?」

森田「ぴ」


人は極限状態になると、「ぴ」と言ってしまうらしい。白く柔らかそうな腕の主は、確かに小坂さんだった。


田村「……え?髪の毛触っただけちゃうの?」

小坂「実行委員、やりたいです」

田村「???、ひーちゃんはもう決定してるし、保乃もやるーって今言ったやん。定員二人よな?」


髪の毛をくるくると弄りながら、小坂さんをやんわり拒む保乃ちゃん。やや高圧的な保乃ちゃんの言葉に、顔色を変えない小坂さん。「ぴ」から何が起こっているのかわからない私。


小坂「うん。でも田村さんは決定してないよね?だから手上げたんだけど」

田村「あかん...保乃は頭弱いから論戦では勝てんわ。ここは素直にじゃんけんで決めよか」

小坂「いいよ」

田村「よし、ちょっと待ってな」


????????
とんでもない疑問符の羅列に脳がバグを起こした。
状況を飲み込めないまま保乃ちゃんが近づいてくる。


田村「ひーちゃん、何出せばええかな?」


WOW!This is Japanese 耳打ち!
息を含んだ保乃ちゃんの声が私の耳を通り抜ける。初めての感覚にゾクッとした。え、えっちだ……


森田「…ちょ、ちょき」

田村「そういうのは耳打ちで返すの!」


軽めのチョップを頭に喰らった。わあ、あなたが可愛いの擬人化でしたか。ありがとう⋯ありがとう…


森田「ごめん、展開についていけなくて……」

田村「まぁええわ、チョキね!任せとき〜」


余裕そうな保乃ちゃん。たぶん小坂さんに丸聞こえであるだろうこの会話は、何かの作戦だろうか。


田村「よし、小坂さん。保乃はチョキを出す」

小坂「素直なじゃんけんじゃないんだ」

田村「ちょっと勝ちたくて」

小坂「いいよ、やろう?」


お馴染みの掛け声と共に、彼女達が腕を引く。学年三大美女のうちの2人がじゃんけんをしている物珍しい光景に、クラスの視線は集中した。


「「じゃんけん、、ぽい!」」


保乃ちゃんは何やら得意気な顔で握り拳を突き出す。その一方で、小坂さんの指は、まるでこれから握手でもするかのように開かれていた。

保乃ちゃんがグー、小坂さんがパー。


田村「んなっ、なな、なんでパー出すん!?」

小坂「勝ちたそうだったから負けてあげようと思ったんだけど」

田村「絶対にグー出すと思ったのに……」

小坂「私がグー出してもあいこだったよ?」

田村「ほんまや…頭の悪さがここに来て仇となったわ」


ふーん、じゃあ体育祭実行委員は私と小坂さんの2人になったってことか……ん?


森田「ぇ゛」


言葉という言葉を発せなくなってしまった。

詰んだ★____
策士策に溺れるとは言ったものだが、今まさにである。

待って、そもそも本当に小坂さんが手上げたの?
いや、じゃなきゃ保乃ちゃんとじゃんけんなんかしないもんな……

小坂さんが私と体育祭実行委員やりたいって思ってくれたってこと?は?いやいやいや自惚れるなよ、、もしかしたら小坂さんが隠れ熱血スポ根少女なのかもしれない。それはそれで今までの清廉なイメージが崩れてしまうけれど。


小坂「森田さん、よろしくね」

森田「は、はひ……」


あぁ、もうなんだっていいや!
小坂さん可愛い!小坂さん可愛い!小坂さん可愛い!小坂さん可愛い!小坂さんバンザイ!小坂さんバンザイ!

脳内で神輿が担がれたところで、ホームルームは終了した。