田村「じーーーーっ」
謎のオノマトペを自ら演出しながら、文字通りじーっと私を見つめてくる保乃ちゃん。
先程はじゃんけんで色々と誤爆し、小坂さんに実行委員の座を勝ち取られてしまった彼女。完全な自業自得である。
だけど、そんなおっちょこちょいなところも含めて田村保乃って感じがする。ヒロインみたい。可愛い。ちょっと意地悪したくなっちゃう。
森田「保乃ちゃん、なんで勝ってくれんかったん……?」
田村「うっ、」
森田「保乃ちゃんのこと、信じてたのに…」
田村「……その顔可愛すぎるから、写真撮らせて」
森田「なっ!嫌だよ!」
田村「ちぇー、ひーちゃんのけち」
森田「も〜こっちだって小坂さんと気まずいのに」
田村「え?なんかあったん?」
森田「え、いや……ほらさ!昨日のトイレの一件で気まずいなーって!」
田村「ふーん……まぁ実行委員じゃなくても居残りで手伝うけどな、ひーちゃんと小坂さんは2人っきりにさせん」
森田「それは助かります、ほんとに…」
田村「だ〜か〜ら〜、ひぃちゃんも浮気せんでな?」
小首を傾げる仕草に加え、上目遣いまでかましてきたかぁ……なんて贅沢なあざとさなんだ。こんなことされたら男子は一発で落ちるでしょ!保乃ちゃんの振り向かせたい相手鈍感すぎやしないか??恋愛に親殺されたんか!?!
森田「浮気なんてしないよ!保乃ちゃん一途だよ!笑」
田村「、、ほんまに?でも、小坂さんって何考えてるのかよく分かんないやんか...」
森田「それは確かに」
トイレの一件で嫌われたと思っていたのになぁ。
普段私と同じく消極的である小坂さんが、ギラついたイメージの体育祭実行委員に立候補するなんて意外すぎる。
しかも私が立候補した後に手を挙げたってことは、私と一緒でもいいって思ってくれたってことでしょ?あ〜生きててよかった。
田村「ひぃちゃんは保乃が守ったる!本音を言っちゃうと、一人じゃ寂しいだけなんやけどな笑」
小坂さんについて考える暇を与えられることなく、保乃ちゃんから可愛さの爆弾が投下される。
理想の彼女すぎる発言に、私のハートは見事に撃ち抜かれていた。ダイイングメッセージには、こんな嫁が欲しいとしっかり刻まれている。出血多量だったんだろう。
保乃ちゃんがお嫁さんだったら、帰ってきたらすぐに玄関まで走ってきて「ご飯にする?それとも…保乃?」って上目遣いで言われるんだろうな。もちろん後者一択。え?保乃ちゃんの素晴らしすぎるスタイルを堪能できるってどういう神イベだよ。おいおい。
ここで簡単に想像がついてしまう辺り、現在思春期真っ只中の健全な高校生である。「優しくしてな…?」って欲情を煽ぐんだよ。うーわ、えっっっっっ
森田「ん゛ん゛ん゛ぅ゛!!!!!」
田村「どしたん急に笑」
森田「愚かな自分を脳内で戒めてた」
田村「なになに〜、えっちなことでも考えてたん?」
Oh....図星......なんでやねん.........
森田「、ちがっ」
田村「え、ほんまに?」
森田「いやいやいやいや、、、ほんっとに、違くて」
田村「ひーちゃん、、保乃の身体目当てやったん!?!笑」
森田「やめてよ〜、、」
田村「ひーちゃんはムッツリなんやなぁ」
保乃ちゃんはニヤニヤしながら、ノートの端にひーちゃんはムッツリスケベと走り書きする。
森田「メモしなくていいから!」
田村「ええやん別に〜笑」
そうだ。こんなやり取りが続けばいいんだ。
小坂さんに固執なんてしないで、今みたいに保乃ちゃんとラフに接していれば忘れられる、気がする。気がするだけ。
「森田」
少しホッとした矢先、聞き覚えのある弱気な声が私の名前を呼んだ。担任だ。
森田「あ、はい、なんですか?」
「早速だけど、放課後に実行委員の集まりあるらしい。詳細は小坂に伝えたから聞いておいて」
森田「小坂さんに、ですか」
「あれ、もしかして仲悪かったりする?」
森田「え、いや、そんなことは!」
「じゃ、よろしく」
森田「はい、、」
田村「実行委員動くの早すぎん?」
森田「ね、思ったよりハードそう」
田村「ならなくて良かったかも〜」
森田「手伝うんじゃなかったっけ?」
田村「せやったわ、めんどーい」
森田「一人だけ自由にはさせんぞ〜!そうだ、体育祭終わったら打ち上げでもする?」
田村「するする絶対する!」
森田「焼肉とか行っちゃうか!」
田村「よし、優勝するで」
森田「実行委員が集まるってことは小坂さんと二人で出るんだよね…」
田村「えー、保乃も出た〜い」
森田「そんなこと言われましても〜」
田村「ジャンケンで決めようと思ったんですけど、ずっとあいこが続いてて....ってのはどう?」
森田「それは流石に無理あるよ笑」
田村「名案やと思ったんやけどな〜」
森田「今日保乃ちゃんと一緒に帰れないのは残念」
いつからなのかは忘れてしまったけれど、放課後は基本的に保乃ちゃんと二人で帰っている。ここまで仲良くしてくれて本当に有難い限りだ。
田村「なら終わるまで待ってる」
森田「待たせるのも悪いし、先に帰ってていいよ?」
田村「保乃が待ちたいから待つの〜!」
森田「なら良いけど…先生に見つかんない?」
田村「だいじょぶだいじょぶ!穴場知ってんねん」
森田「じゃあ終わったらLINE送るね」
田村「はーい」
放課後を迎え、そのまま何事もなく実行委員会が始まる。
実行委員の八割方が体育会系なのは仕方ないのだが、どうもそのノリについていけない。
取り敢えず「お〜」だの「あ〜」だのそれっぽい相槌を打ち、小坂さんに意識が向かないように努めた。
だが意識とは裏腹に心臓はドックンドックン言いながら、これでもかと緊張を主張していた。
小坂さんが隣にいるイレギュラーな光景に、身体がバグを起こしたんだろう。
フローラルな柔軟剤の香りが鼻孔を擽り、嬉しいのか逃げ出したいのかよくわからない感情になった。これはこれはこれは不可抗力だしセーフ、仕方ない。
「次回の実行委員会までに各クラスでスローガン考えてきてね!数は何個でもいいよ!それじゃ、解散!!」
スポーツ刈りの実行委員長がそう言い、第一回体育祭実行委員会は終了した。
30分がここまで長く感じたのは初めてだ。
ようやく熱気に満ちた部屋から解放されると思うと嬉しくて仕方ない。あ、保乃ちゃんにLINEしなきゃ。
ひかる : 集まり終わりました〜!
Hono : りょーかいです!校門の近くで待ってるね〜
ひかる : すぐ行きまーす
マンボウのスタンプを送り付けたところで、スマホの電源を切ってポケットに仕舞い込む。
今日帰ったら何しよう。
そういえば数学の宿題出てたんだっけ、めんどくさいなぁ。
ぼんやりと公式を思い浮かべても、私にはあいつらが呪文のようにしか見えない。
いつの間にか教室に残っているのは暑苦しい実行委員長と私だけになっていた。
そっか、私が出ていかないと鍵閉められないのか。
申し訳なさを感じながら筆記用具やらプリントやらを鞄に詰めて、逃げるように教室を出た。
森田「ふぅ…」
なんだか濃い一日だったなと想起しながら、最近キツくなってきたローファーに履き替える。
もしかして太った?いや、足は太るとかないか。じゃあ成長だ成長、背も伸びるってことで。
都合のいい解釈と委員会終了から来る謎の解放感は、なぜだか私をご機嫌にしてくれた。
鼻歌交じりで保乃ちゃんの元へと向かう。スキップなんかもしちゃったりして。
森田「自分の気持ちに正直になるって清々しい。僕は信じてる、世界には愛しか「ねえ」
一人せかあいを楽しみながら階段を降りようとしたその時、誰かにそれを遮られた。
あー恥ずかしい恥ずかしい。
声が聞こえた左側を見てみると、ガッツリ顔見知りの美少女が立っているではないか。
小坂「何してるの?」
いや小坂さんじゃん!!!!!!
森田「…………わ、私に言ってますか?」
小坂「ここには私と森田さんしかいないよ」
、、、、、、、、
消えたい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ただでさえ小坂さんと気まずいのに、こんな恥ずかしいところを見られるなんて間が悪すぎる。星になりたい。いや、もう宇宙ゴミでいいから。地球から出ていきたい。
どうする森田?どうする森田?どうする森田?どうする??
森田「あ、人違いかもしれないです。私森田さんによく似てるって言われるんですよね〜、じゃ!」
私のバカ!!!!!!!!!!!!!
もっと上手い誤魔化し方あっただろ!?!!!!?!!
まぁでもやらないよりはマシだよ。うん。うん。落ち着け?
とりあえずこの場から逃げよう。恥ずかしすぎる。
小坂「待って、!」
森田「えっ」
左腕に何やらヒンヤリとした感触があり、時が止まる。
………………これは、恋愛漫画でよく見る、引き止めなるものではないか!?!?!?!!!!?!?!!!
えっ、お金払ってないのにこんなことしてもらっていいんですか?後で払う制度なの?ごめん今あんまり持ってないんです、出せて一万とかそこら辺なんです、、すんませんすんませんすんません
小坂「なんでそんなに私のこと避けるの?」
小坂さんの口から発せられたのは意外な言葉だった。
私は間髪入れずにそれを否定する。
森田「さ、避けてなんてないです、、、」
小坂「じゃあ田村さんから何か言われてる?」
森田「え?なんで保乃ちゃん?、?」
小坂「だって二人、付き合ってるんでしょ?だから私に近づくなとかそういうこと言われてるんじゃ「待って、待って待って!!」
森田「なんか色々誤解してませんか!?、、私は保乃ちゃんと付き合ってませんし、あと保乃ちゃんもそういうこと言うような子じゃないです!!」
小坂「?、じゃあどうして?」
森田「どうしてって………人見知りだから、、なかなか話しかけづらくて、、、」
本当は小坂さんと顔を合わせられないようなことをしてしちゃったからだけど…
小坂「さっき話しかけたとき無視されたのも?」
森田「え、話しかけてくれたんですか、、?たぶん緊張しすぎてて気づかなかっただけだと思います…すいません、、」
小坂「…そうなんだ」
ぅ、ぅ、気まずい!!!!!!!!!!!
何この空間、私謝ることしかできないじゃん!!!?!!
森田「嫌な気持ちにさせてたらごめんなさい、!それじゃ、また明日、、」
小坂「待って。あのさ、LINE交換しない?」
森田「え」
小坂「ほら、体育祭のこととか色々話し合わなきゃだし」
森田「そうですよね、スローガンとかありますしね」
小坂「うん。これ、私のQRコード」
すぐにポケットからスマホを取りだし、液晶に映し出されたそれを素早く読み取る。プロフィールにはシンプルな小坂菜緒という名前と、何やら可愛らしい恐竜のアイコンが設定されていた。
え、意外。こういうの好きなんだ。小坂さんなら初期設定とかでも全然納得しちゃうのに。
森田「追加しました」
小坂「うん、ありがとう。さっきからずっと気になってたけど敬語やめない?同級生だし」
森田「あ、はい、じゃなくて、うん!」
小坂「改めてよろしくね。ひか「ひぃ〜ちゃんっ!!」
こ、この声は、、
ガッツリ顔見知りの美少女②!!!!!!!!
確かに今行くって言ってから5分くらい経ってるよね、ごめん保乃ちゃん!!!!、!!
てかどうしよ、結構修羅場じゃないのこれ。
田村「遅いから何してんのかと思ったら、こんなとこにいてびっくりしたわ!笑 なぁ、早く帰らん?」
そう言って毛先を弄る保乃ちゃん。彼女が不満を感じている時の癖だ。
森田「あ、うん、ごめん!じゃあ小坂さん、また明日!」
小坂「うん。気をつけてね」
田村「ごめんなぁ小坂さん、話の途中で割り込んじゃって笑」
小坂「大丈夫。森田さん、あとでLINE送るね」
森田「わかった、じゃあね!」
控えめに手を振って、先に階段をスタスタと降りていく保乃ちゃんを追う。その姿から、いつもはあまり感じたことの無い不機嫌さが伺えた。
遅くなったこと、やっぱり怒ってるかな?
森田「保乃ちゃん、遅れちゃってごめんね」
田村「んー?それは全然かまへんよ〜」
森田「ほんとに?」
田村「うん、それよりさ、」
校門に向かうところで、保乃ちゃんがこっちを振り向いて立ち止まる。気のせいか保乃ちゃんの顔が強ばっていて、私まで緊張してしまう。
いつもの保乃ちゃんは基本的に笑顔しか表情のレパートリーが無いのになぁ。
でも改めて見るとやっぱり可愛い、保乃ちゃんって。女の子の憧れって感じがして、目が幸せになってしまう。
そんなことを思ったあとに、まぁ当たり前かと俯瞰する。私は保乃ちゃんとの会話で身構えることがあまり無く、リラックスして話せるのが好きだった。
もしかしたらそれは陽キャや一軍などと称される彼女の技量ゆえのものかもしれない、と今初めて気付かされる。
なんとなく重い雰囲気が漂い、その現実から目を逸らすように視線を落とした。
もう一度保乃ちゃんの顔を見あげても、やはりいつもの笑顔には戻らない。
保乃ちゃんの可愛らしい唇が動いた。
田村「小坂さんと何話してたん?」
彼女の口から発せられたのは、私たちをもっと気まずい空気へといざなう起爆剤に過ぎなかった。