当時私は結婚していた

19歳でお嫁に行った私。最初は暖かく迎えてくれたものの


子供が出来ない


私は子供が大好き 凄く大好き


しかも、この家の嫁さんは2人いるけど結婚7年と5年で

子供に恵まれていない。。。。


姑は言う

「あなたは ここの嫁さんなの。内孫なの。早く生んで」

いつも こんな言葉を投げられていた


そして、仕方が無く

20歳の頃 私は産婦人科へ行った

そこで言われたのが「不妊症」だった


卵管造影検査を受けての検査結果

排卵が起きにくいのと、詰まりがあると言われた

挙句の果てに「卵巣摘出手術」まで言われた

奈落の底に突き落とされた気分になった

結婚して2年目で子供が出来ないと不妊症とよく言う

私は結婚して1年目で知った


私は病院を転々とした

個人病院でやっといい所を紹介された


そこでも卵管造影検査をした


「詰まりは見当たらないし、取る必要も無いよ

 だけど、不妊症の疑いはあるよ」と言われた

薬で生理を起こして、薬で排卵を起こして

検査してみましょう」


と言われたので2種類の薬を出された


しかし これが悪夢の始まり・・・。


当時体重が50㌔台しかなかったのが

薬の副作用で体重が80㌔までになった

もちろん医者も驚いていた


眩暈 吐き気 嘔吐 脱力感 不眠症


毎日この5条に悩まされていた

それでも私は子供が欲しくてx②頑張って治療に通った


生理を起こす薬を飲んで それからクロミッドという薬を飲む

排卵が起こる前に1日置きにモニター検診

週3回 それで排卵が見えた頃に医者から性行為を進められる


それが1年続いた21歳


「排卵が大きくならないね。不妊症ですね。薬で治していきましょう」

医者が言う 


病院を出て旦那に話す


「私 子供出来ないかも。不妊症だって」

「そか。それじゃあ親が悲しむね」


私の事より親が大事?


それから私は旦那への愛情が薄れた

結婚して2年目だった

触られるのも嫌だったけど

治療してる限り 夜は必ずしなければならない


本当 その時間が嫌だった


だけど、子供が出来たら何か変わるんじゃないかって

信じて私は妻を演じ 夜も演じた


それでも 子供には恵まれなかった


何度泣いただろう 何度苦しんだだろう

友達からの「オメデタ話」

笑って「おめでとう」と言ってる自分がみじめに見えた


子供の話を聞いて

「大変だね~」と言ったあと必ず返ってくる言葉は


「そう言えば 麻維子供産めないんだっけ?ごめんね 

 こんな話しちゃって」

「子供は可愛いよ~早く産みなよ」


産んだ人は簡単に言える言葉


それから外に出るのも 子供を見るのも嫌になった

だけど旦那の友達の奥さんが赤ちゃんを産んだ


ずーと長い付き合いだから 呼ばれたら夫婦で行かなくてはいけない


会って必ず言われるのが


「赤ちゃん抱いてみる?」


そして無理に私に抱かせようとする


抱いた時 赤ちゃんは私の顔を見ておお泣きした

他の人は抱いても泣かないのに

私の時だけ怪獣のように泣かれた


泣きたいのは私だよ・・・・


そう感じて私は赤ちゃんを戻して外に出て声を出して

泣いたこともある

その時に、その奥さんが私に

「ごめんね。抱かせると少しでも頑張ろうって気力になると思ったの。

 決していやみとかじゃないよ」と言う


だけど私には 全てが嫌味に見えた


最低だなって自分の事を憎んだこともある

それから子供(赤ちゃん)を抱けなくなった

赤ちゃんの前で笑う事も出来なくなってた


不妊治療で借金も出来た

彼は「俺は関係ない」と言い張る

誰の為に 自分が苦しい思いして検査してると思うんだ?

私は、どれだけ辛いか分かってくれないのか?

そう思っていた。夫婦喧嘩なんて日常茶飯事


もぅ全てに疲れ果てていた


変わり果てた私の姿を見て

「私が不妊症だとしたら、子供は好きだけど

             検査したくない」と私を見て言う


私はなんですか?人間じゃないの?

不妊治療したくないなら 子供が好きだっていえないと思う

どんな辛い試練があっても いつか迎えたい

まだ見ぬ子供の為に頑張れる勇気ってあると思う


続く