ブログを移行する前にぜひとも書いておきたい事がまだいくつか残っているのですが、その中でどうしても書いておきたいのが「ビハインド・ザ・カーブ」というものです。今回はこの「ビハインド・ザ・カーブ」について簡単に紹介・解説したいと思います。

 まずこのビハインド・ザ・カーブ(behind the curve)という言葉、皆様聞いた事はありますでしょうか?日本語に直訳すると「遅れている」というような意味で、英語圏ではネガティブな意味で使われる類のフレーズだそうです。

 しかし実は、このビハインド・ザ・カーブというのは最近の金融政策では世界の主流になっている手法なのです。米国もヨーロッパもまさに今、このビハインド・ザ・カーブという手法を現在進行形で採用中です。

 ではこのビハインド・ザ・カーブというのがどういった手法なのかを説明すると、まさにそのフレーズの意味のごとく、金融政策を意図的に「遅らせる」というものなのです。景気が悪くなったら利下げ等の金融緩和をして景気が良くなったら逆に利上げ等の金融引き締めを行うというのは先日説明しました。その原則は当然常に変わらないのですが、景気が良くなった時に利上げや金融引き締めを意図的に遅らせるという手法がビハインド・ザ・カーブというものになります。

 ビハインド・ザ・カーブを簡単な例で説明するとこういう事です。
 例えば体重50kgの肉牛がいます。でも50kgというのはあまりにもガリガリでこれでは売り物にならない(不景気)ので、100kg(景気回復)まで太らせたいとしましょう。飼育している人は当然、餌を大量に与えます。すると牛は60kg・70kg・80kg…と順調に体重が増えていきます。そして100kgになった所で餌の量を元に戻す、これが普通のやり方です。
 対してビハインド・ザ・カーブというのは、牛が100kgになってもまだ大量にえさを与え続けます。すると牛の体重はまだまだ増えて110kg・120kgとなってしまいますが、このぐらいになってようやく大量の餌を与えるのをやめ、今度は逆に餌の量を絞ってダイエットさせるのです。つまり、一旦予定以上に太らせてから今度は逆に絞って100kgに近付けていくのです。この餌を与えるのをやめるのを「意図的に遅らせる」というのがビハインド・ザ・カーブ戦略の根幹です。

 そして先ほども述べたように、このビハインド・ザ・カーブというのは最近では世界の金融政策における主流となっています。例えば米国は、コロナによってとてつもない不景気になりました。なのでこれでもかと言わんばかりの大金融緩和を敢行し、しかもそれを長く続けました。その結果、物価は必要以上に高騰、加えて雇用環境も異常に良くなりました。そのように景気指標が十分過ぎるほど十分に回復したというのをしっかり確認してから、今度は利上げをして景気を落ち着けようとしています。まさしくビハインド・ザ・カーブです。

 ビハインド・ザ・カーブを採用しているのはヨーロッパも同じです。ヨーロッパもコロナで景気が大きく落ち込んだのでゼロ金利まで利下げしましたが、再び利上げに転じたのは2022年の7月であり、この時の物価上昇率は約9%でした。もちろん物価上昇率が9%になる前には4%や6%といった今の日本よりもずっとインフレが強い時期があったのですが、その間も利上げは見送ってきた(遅らせてきた)のです。まあこれは流石に遅らせすぎだったという指摘もありますが、しかし明確にビハインド・ザ・カーブを意識した金融政策である事には変わりません。

 さて我らが日本ですが、この世界の潮流を全く無視した金融政策を行っています。日本はインフレと言われていますが物価上昇率は所詮3%程度に過ぎず、しかも実質賃金はずっとマイナスです。つまり私たちの肌感覚としては物価はめちゃくちゃ上がっているように感じますが、マクロ指標で見た現実は大したインフレではなく、単に賃金が上がっていないから物価が物凄く上がっているように感じるだけなのです。日本人はデフレに慣れきってしまっていますが、物価が毎年2~3%上がるなんてのは賃金さえまともに上がってさえいれば別に普通の事です。しかしそんな状況で、日銀は既に利上げを開始しました。しかも植田総裁は次の利上げも近いという事を示唆しており、金融引き締めを加速させる構えです。
 しかし実は、今の日銀の姿勢は何も特別な事ではなく、「平常運転」に過ぎません。というのも日銀はバブル崩壊以降、経済が回復の兆しを見せる度に拙速な利上げ・金融引き締めを繰り返し、景気回復の芽を潰してきたのです。牛の体重が60kgか70kgぐらいになると「もうそろそろ調整しといた方がいいんじゃないか」と言わんばかりに与える餌の量を減らし、結果としてまた体重が50kgに逆戻りするという失敗を繰り返してきたのです。そして今回もまた、体重が60kgぐらいにしかなっていないのに早くも与える餌の量を減らし始めています。これでは昭和末期から平成にかけて繰り返した失敗をまた重ねてしまう可能性が高いと言わざるを得ません。

 もちろんビハインド・ザ・カーブは現在の主流であるとはいえ、それが絶対に正しいかどうかは分かりません。というのも一旦は必要以上に景気を過熱させる手法なので舵取りを誤れば制御不能なインフレを招いたり、その後の引き締め段階(牛の体重を120kg→100kgに戻す段階)で極端な景気悪化が襲ってくる可能性も否定できません。とはいえ少なくともここ何十年かの日本と欧米の経済を比べれば、結果の差は誰の目にも歴然です。日本は牛の体重が101kgになる事を恐れるがあまり100kgはおろか80kgまで太らせる事すら1度たりともできず、その結果今や欧米との経済力は大差になってしまいました。



     ―以下、ちょっとだけ脱線―

 という訳でビハインド・ザ・カーブの説明でしたが、最後に世の中に溢れている悪質な記事についても言及しておきたいと思います。というのもビハインド・ザ・カーブはフレーズとして「遅れている」というようなネガティブな意味を持っており、実際にかつては「金融政策が後手に回る」という悪い意味で使われていました。しかしそれはあくまで昔の話で、ビハインド・ザ・カーブは今や米国もヨーロッパも意識的に採用している手法です。しかし世の中には世界を潮流を理解せず(というより意識的に目を背けて)、ビハインド・ザ・カーブが未だに悪いもののように書いて読者を騙そうという悪質な記事が溢れているのです(リンクを貼ろうかとも思いましたがそれはやめておきます)。

 

 そもそも現在の日銀の姿勢はビハインド・ザ・カーブとは程遠い(つまり利上げが早すぎる)のに、逆に利上げが遅すぎるような出鱈目な事を書いて、しかもそれを「ビハインド・ザ・カーブ(後手に回る)に陥っている」などとあたかもビハインド・ザ・カーブが悪いものであるかのように記述している記事が本当に多く存在しています。全くもって悪質極まりない印象操作としか言いようがありません。こういった悪質な記事を書くのは9割方が「財務省関係者or金融関係者or債券屋」という「金利が上がれば儲かる連中」であり、彼らの目的は「金融に知識の無い一般人を騙して日銀の早期利上げ・金融引き締めを正当して自分が儲けやすい環境を作る」です。

 当ブログを読んで下さっている方は、このような悪質クソ記事には決して騙されないで頂きたいと切に願う次第です。