この所、日本の金利は上昇傾向です。長期金利は1%台に乗る事が当たり前になり、政策金利も近い将来利上げされると言われています。昨日の会見で植田日銀総裁は、次回の日銀会合での政策金利の利上げを示唆しました。
 しかし残念ながら、金利が上がるという事がどういった意味を持つのかをよく分かっていない人があまりに多いように思います。ヤフコメなどを見ていると「金利が上がれば円高になって物価が下がる」「銀行の預金金利が上がって家計が潤う」「だから景気が良くなる」というような書き込みが多く見られ、しかもそれらに「そう思う」が何千何万とクリックされていたりします。ハッキリ言ってこれは非常に由々しき事態です。

 断言しますが、金利上昇が好景気もたらすなんて事は絶対に有り得ません。こんな事は経済の世界では常識中の常識であり、もし金利を上げれば景気も良くなるなどという事が証明されれば経済学を根底から覆す大発見としてノーベル経済学賞受賞間違い無しです。

 当ブログの読者様には、「金利が上がれば景気が良くなる」というアホみたいな話を信じて欲しくはありません。という訳で今回は、金利が上がれば景気が悪くなる理由を簡単に説明したいと思います。

 …と言っても、金利上昇がなぜ景気に悪影響なのかは実は一言でほとんど説明できます。金利上昇が経済に悪影響を及ぼす理由、それは「世の中に出回るお金の量が減るから」です。この点に関しては「世の中のお金はどのようにして増えるのか (※後編はこちら)」で詳しく書いているのでぜひ読んで頂きたいのですが、単純に言うと金利が上がれば世の中の人はお金をあまり借りなくなります。となると市中に出回るお金の総量が減って不景気になります。

 という事でざっくり言うと説明は以上なのですが、これだとあまりに簡単な説明すぎるので、ここでは企業の業績にスポットを当ててもう少し具体的に見ていきたいと思います。

 金利の高低によって企業の活動は全く変わってきます。低金利であれば企業は銀行からお金を借りやすいので、沢山お金を借りてそれを元手に設備投資をして企業活動を大きなものにしていこう!という思考になります。しかし逆に高金利になってしまうと企業は銀行からお金を借りにくくなり、設備投資は抑制されて企業活動の規模は大きくなりません。また、企業の投資対象は当然ながら設備だけではなく「人」にも及びます。例えばあるお店があったとして、金利が低ければ「よし、今なら利息がタダみたいなものだから銀行からドンとお金を借りて2号店をオープンさせるか!」となりますが、逆に金利が高いと「2号店をオープンさせたいけどこの高金利じゃ銀行からお金借りても利息を払えないからやめとこう…」となってしまいます。こうなると採用活動にも影響が出て、失業率も悪化し労働者の総賃金も低下します。となると消費者の可処分所得や購買力も低下して物価が下がり、物価が下がると企業の売上も減少して労働者の賃金はさらに下がる…と典型的なデフレスパイラルとなります。

 また、今の例のような大きな話をするまでもなく、金利上昇は企業業績にダイレクトに悪影響を及ぼします。ヤフコメ民やアホの岸田の頭の中では日本企業は無借金で財務健全な企業ばかりと思い込んでいるかもしれませんが、現実はほとんど全ての企業が多額の有利子負債を抱えています。ヤフーファイナンスで調べた所によると上場4000社のうち100億円以上の有利子負債を有しているのは約1130社、そのうち約300社が1000億以上の有利子負債を抱えているとの事です。有利子負債1000億円という事は、金利が1%上がれば年間の支払利息は10億円増えるという事を意味します。もちろん有利子負債の中には長期固定金利による借り入れも多分に含まれている筈なので金利が上がればその分だけ支払利息も即上がるというような単純なものではないでしょうけど、しかし本質的な話として金利上昇は支払利息の上昇となって企業業績を圧迫します。

 さらに、株価にとっても金利上昇は大敵です。というのも金利上昇は株式の相対的な価値を下げてしまうからです。分かりやすい例で言うと、今日本で投資ブームが起こりつつあるのは、要は低金利だからです。銀行に預けていてもゴミみたいな利子しかつかないから、銀行預金をやめて株に投資しようとなるのです。では逆に銀行預金の利子が年10%つくならどうでしょうか?となるとリスクの大きい株投資なんかやめて、年10%の利子に満足して銀行預金を選ぶという人は多いでしょう。また、世の中には「債券」という金融商品があります。この債券というものは株式と並ぶ2大金融商品とも言うべきものですが、世の中の金利が上がると債券の金利も上がるという事になるので、投資家は株を売って高金利の債券を買おうという思考になります。株から銀行預金や債券に資金が流れると当然ながら株価は下落します。そして株価の下落は企業のバランスシートの縮小に繋がり、ひいては業績悪化に繋がります。

 他にも金利上昇は通貨高を招くや不動産価格の下落を招くやと色々あるのですが、いずれにしても金利上昇は景気の悪化を招くという点では変わりません。というかそもそも国(中央銀行)が金利を上げるのは、意図的に景気を悪くするためです。ヤフコメ民は「円安を食い止めるために利上げすべきだ」とアホな事を言っていますが、そもそも日本銀行は為替をターゲットとした金融政策運営などしません。日本銀行の目的は「物価と金融システムの安定」であり、それは言い換えれば「景気の安定」とほとんど同じ意味です。景気というのはもちろん不景気が一番悪いのですが、逆に好景気すぎるのもバブルを招いてしまいかねないのであまり好ましくなく、「ちょっと景気がいい」ぐらいが実は最も良いとされています。なので「ちょっと景気がいい」状態に近づけるために不景気の時は金利を下げて景気を底上げし、逆に景気が良すぎる時は金利を上げて景気を悪くするのです。米国はコロナで景気が極端に落ち込んだので金利を下げ、その甲斐あってバブルのような好景気になってしまったので今は金利を上げて景気を適切な水準まで下げようとしている訳ですが、これぞまさしく正常な金融政策です。意図的な円安や円高を目論んで金融政策を行うなどあってはならない事ですし、そんな事をすれば為替レートの些細な誘導のために景気はめちゃくちゃな事になります。ヤフコメ民が「円安を是正するために利上げしろ!」と言っているのは「為替を1ドル140円にするために金融政策を捻じ曲げて日本を大不況に陥れろ!」と言っているのと同じです。
(ただ、昨日植田総裁が発表した国債買い入れの減額や早期の利上げ示唆はどう見ても「為替をターゲットとした金融政策」であり、本当に最悪としか言いようがありません。このままではマジで、為替をほんの少し円高にする代償として日本経済はボロボロになりかねないと私は思います…)

 一応、冒頭に書いた「金利が上がれば円高になって物価が下がる」「銀行の預金金利が上がるから家計が潤う」というコメント自体は確かに間違いではありません。ただし、円高になれば物価はほんの少し下がるかもしれませんが輸出額や資本収支の黒字がもっと目減りし、日本経済トータルでの経常収支やGDPは圧倒的にマイナスになります。銀行の預金金利が上がるのも確かですが、その裏では企業や個人がもっと多額の支払利息を負担しているのです。金利上昇は景気や株価にとって悪影響以外の何物でもなく、中央銀行が金利を上げるのは為替をいじるためではなく景気を意図的に悪くするためです。ヤフコメ民の妄想を信じてはいません。

 次回も引き続き、金利の話でいきたいと思います。