病院に着いてすぐ預けて長い間待ちました。
呼ばれて、また心嚢水が溜まってきており肺水腫を起こしかけているとの説明を受けました。
若い女医さんで、自分は未熟で心嚢水を抜けないので移動用に酸素を貸すので箕面の夜間救急へ行くように言われました。

前に痙攣発作で来た時も夜間救急へ行くよう勧められて行きませんでしたが、その時素人の私が朝まで死なないように看病することが本当に大変で懲りたので次は行くと決めてたのと、何も処置をしてもらっていないので行くしかないのとで、タクシーで向かいました。

タクシーでの移動中、寝るつもりはなかったけどうとうとしてしまって…目が覚めるとハァハァ言ってた凛が静かになってて。一瞬死んでるかと思いました。

着いて会計を済ませ、カートを下ろして酸素を吸わせながら病院内へ入ろうとしたけど酸素ボンベを転がしながらカートを押すことが出来ずかなりモタモタしました。膝にのってた凛だけを先に運べばよかったのに…

事前に電話してたのですぐに凛だけ連れて行かれて、その間に問診票の記入。すぐに処置室に呼ばれて心嚢水を抜いてみるけど危険な状態であると説明を受けて処置をお願いしました。

疲れてヘトヘトだったのであまりよく覚えていませんが、すぐ心臓が止まってしまい蘇生を試みてくれましたが一度も戻って来ることなく逝ってしまいました。

死ぬかもと思って連れて行ったのではなく
朝まで診ててもらえると思って連れて行ったつもりで
着いて20分くらいの出来事だったと思う。
5日の0時8分に死亡宣告…
疲弊しており涙も出ませんでした。

今思えば痙攣発作の時も結局、夜間救急に行くよういわれたのだから、この時直接夜間救急へ行くべきだったな、と。ま、そんな判断力なかったけど。

前も結局病院が閉まった後夜間へ行けって言われてんから今回も言われるやろうから、もう直接夜間へ行った方がええんとちゃう?と的確なアドバイスをくれる誰かがいてくれたら同じ結果にはならなかったのでは、と思っている。ひとりの限界だったな、と。

とにかく凛は4日の遅い時間に亡くなりました。
死亡宣告は5日だったけど心臓が止まったのは4日だったはずなので私は4日に亡くなったと思っています。7歳8ヶ月と3日でした。

遺体をキレイにしてもらい箱に入れてもらって膝にのせ居眠りしながらタクシーで家に帰りました。帰宅は2時頃だったかな。運転手さんが気を落とされませんように、と声をかけてくれました。

家に入ってコエビが出迎えてくれて
初めて泣きました。ごめんね、と。
コエビも凛が大好きだったのに、と。

⑦に続きます。


(幼稚園での凛、ご機嫌な表情がお気に入りです)