おおよそ、十数年ぶりに精神科・心療内科に行った。
数年、目に見えない世界の探求をしていて
それはそれで、
ある種の自分なりの世界観や答えに気づいて楽しかったのだけど
この世界を生きていくのには
現実に身を置くのが、わたしにはベストだと思い
模索しながら
妥協しながら
『大丈夫だ』と思い込んで
母親と同居して、3年。
1年で、憎しみを手放せた・・・気がして
2年目で、好きになろうと努力した(笑)
3年目で、力尽き、自分を守るために別居した。
「アスペルガー症候群は、周りの理解と協力が必要です。」
3年前にそれを知った時に
もう、母を憎むことも、責めることも
してはいけないんだと思った。
自分の想いは不完全燃焼のまま
過去に蓋をした。
憎しみは手放せても、記憶は消せず
現在進行形で続く、配慮のない言葉と
噛み合わない会話。
フラッシュバックする過去の記憶。
わたしが逃げても
どこに逃げても
「母のような人」はどこにでも出没した。
今回は職場に
母+兄÷2 の人がいた。
疲れ果てているところに
「カサンドラ症候群」という言葉を知った。
親がアスペルガーの場合でも、当てはまるのだろうか
わたしの鬱は、そのせいだったのだろうか
調べて、調べて、、、
専門家に相談することにした。
アスペルガー、そして大人の発達障害の(その家族の)
相談に乗ってくれる病院へ。
そこで、尋ねられたこと。
「いま、困っていることはなんですか?」
大雑把に、過去の鬱時代の聞き取り
最近の家族間のこと
母の死を願う自分がいて
そんな自分がイヤになること
困っていることは、
気を抜くと、無気力が襲ってきそうな
そんな感覚があること。
そんなことを伝えた。
母や兄のことを考える前に、まず
自分自身のことをなんとかしましょう。
自分自身を癒してあげましょう。
そんなことを言われて、帰ってきた。
十数年ぶりの病院は、その先生は
昔とは比べ物にならないほど…
話の伝わる人だった。
そして、帰ってきてから、
カサンドラ症候群予備軍である兄のお嫁さんに
「凜さんは、ギフテッドなんじゃないですか?
ギフテッドのことを読んでると
『あぁ、凜さんがいる…』って思うんだけど…」
と言われた。
簡単な説明を聞いて
『わたしは、天才じゃないから』
と聞き流そうとしたのだけど
それ以外の特徴が、そのままなのだと
言われて、Wikipediaを読んでみたら
本当に自分がいて、笑った。
「わたしは何者なんだろう」の答えを
兄嫁が持ってくるなんて。
だけど、調べていくうちに
ギフテッドは、いろんな扱いをされていること
人によっては、また異なった特徴を唱えていること
ある種の、決めつけをしている人がいること…など
あぁ、何かの名称を名乗るのは難しいな…と
やはり、思い知らされる気がした。
それでも、自分の根本に還る心地がして
自分の世界観を思い出した。
子どもの頃の、独特な視点。
その後、歪めて、隠して、蓋をした自分。
どうしても、どこを探しても
見つからなかった自分に、
いまなら、会えるような気がして
次に病院に行ったときに、
話してみようと思った。
『いま、本当に困っていることは
人にとって、当たり前のことが
当たり前だと、感じられないことなんです』
特に、スピリチュアル時代は
そんな自分を認めたいとか
好きになりたいとか、願っていた。
罪悪感を、脱いでいくことは大切かもしれないけど
そもそも、大前提が違うんだ。
ちょっと間違うと、特別意識に引っ張られそうになるのは
スピリチュアルの世界で経験済み。。
特別なわけでもなく
自分の『普通』を再認識したい。
再認識したところで、今の社会でどうなるのかは
わからないけれど。。。
そのうえで、「病気です」とレッテルを貼られるのなら
それはそれで、アリなんじゃないかと思う。