重い腰を上げて断捨離を始めていますが、母親のを片づけ始めたら父親のスーツやコートなんかも出てきちゃって大変な事になっていますガーン。処分してなかったんかい汗うさぎとあ然としています。発掘作業状態。


思い出したことがあります。


今では絶対あり得ない話。当時もあっちゃいけなかったんだけど。


今はあの時に大学病院に勤務されていた方々はいないみたいだし、私の通院も終了したので記しておきたくなりました。


重い話なのでここでさよならの人も大丈夫ですよニコニコ


10年以上の前の話ですが、癌治療をしていた父親。抗がん剤を入れた数日後に嘔吐をして救急車で緊急入院。腸閉塞でした。


主治医からも「落ち着いたら手術」と言われ、母と私が通っていました。本人もまあまあ調子は良くなり始めていました。


ある日曜日、私がひとりで見舞いに行き父親と話していました。日曜なので病棟内はスタッフの人数が少なかったんです。驚くような出来事が起きました。


4人部屋に入院していたんですが、ひとりの患者さんのご家族(奥様ですね)が花瓶に花をいけているではありませんか。病棟内に「生花は禁止🈲」とあらゆる場所に貼られているのに昭和のドラマじゃないんだよ、何考えてるの?と思いました。


そもそも、病棟内に生花を持ち込むなんてできない筈。受付で氏名を言わないと入れないんですよ。受付に人がいない時は呼び鈴があるんです。この人、そのまま来ちゃったのね。


何かあったらどうするの?と、私が注意をしようとしたら父親に止められまして、帰りに病棟のステーションに寄ってスタッフにお願いしようとしたら、誰もいなかった。受付にも誰もいなかった。平日だったらこんなことはなかったんですが私はそのまま帰宅しました。


帰宅して少ししたら病院から電話が。

「意識混濁状態になりました、すぐいらしてください」


慌てて母親と病院に向かうと、4人部屋の病室でスタッフに囲まれて父親が治療を受けていました。「明日も来るね」と言うと手を振ってくれた父親の面影は何処にもありませんでした。


あの生花は花瓶ごと、消えていました。


個室に移動した後、病棟の担当医から言われたのは、「免疫が落ちているからこの状態になってしまう」と。


意識混濁状態になり「最期に会わせておきたい人がいたら連絡してください」とまで言われました。


「嘘つき物申す」と心の中で叫びました。

だったら個室にすればよかったじゃない。

昨日は看護師さん立ち会いの元でミネラルウォーター飲んでるんだよ!

雑菌が入ったのはあの生花のせいでしょ?


私が生花の花瓶があることを知らないと思っていたんでしょうね。知ってたし、外してもらおうとしていたのに。いなかったの、そっちでしょ?

その時は母も私も混乱状態で何も言えませんでした。


翌日、主治医から説明があった時、

「調子がよかったから今週に手術をする予定でした」

と言われました。

私が知りたかったのはそんな事ではない。

「前回の外来の診察の時、抗がん剤を入れずにCTを撮っていればこの状態にはならなかったのですか?」

と質問をしました。我ながらあの時は冷静でした。

「そうだったと思います」

主治医は淡々と話していました。


1ヶ月後、父親は少しずつ意識を取り戻し腸閉塞の手術を受けました。それまでに病棟の担当医と何度も言いあいをしましたが、生花の事は口にしませんでした。


翌年の桜が咲く頃、父は旅立ちました。あの事がなかったらもう少し、自宅で一緒に過ごせる時間があったのかな?とタラレバを考えてしまいます。


日曜日、生花、人数が少ない、昼間。

話したら忙しすぎるスタッフさんが可哀想じゃない?

父親も言うことを望まなかったと思うし。

最期まで良くしてもらったし。

だから、言わなかったの。

悪いタイミングが重なってしまったのかな。


でもね、

私、知ってたの。



片づけ、やっていきます。


追記

この頃、手帳に日々の様子を書いていたのでそれを元に書いてこれでも控えめにしています。当日見舞いに行ったと書きましたがその際、穏やかな顔をした写真も撮っていたんです。それもあり尚更驚きましたね。

残念ながら腸閉塞の手術の後は車椅子生活になり自宅に帰る事は叶いませんでした。私達は必死でしたよ。全身が動かない状態でしたからね。看護師さん達からは「奇跡が起きた❗」と喜んで下さいました。看護師の皆さんには感謝の気持ちしかありませんね、今でも。


当時、病院からの帰りに見るクリスマスオブジェが私の心の支えでした。