デジモンが好きだ。
02〜フロンティアあたりが世代だが、初めてデジモンを意識したのは、当時の「たのしい幼稚園」の記事で、シャッコウモンが初登場する回だったと記憶している。
最終的にデジモンにハマるきっかけとなったのは、深夜に父親が(あくまで個人的に購入して)視聴していた「ぼくらのウォーゲーム」のオメガモン誕生のシーンを、寝室の襖の間から覗き見たことであった。
その後はテイマーズから本格的にTVシリーズを視聴し、旧デジカ〜超デジカ大戦、ディーアーク〜デジヴァイスバースト、までを楽しんだ。
クロスウォーズ以後はTVシリーズから離れることになったが、今でも情報だけは仕入れているといった状況だ。
そんな子供でいることを選びたい大人が、本作を視聴した。個人的には人気作のリメイクや続編にはかなり否定的な意見を持っている私でも、前作に当たる「ラストエボリューション絆」はそこそこ楽しめた。
当時の熱量には及ばずとも、本作もそれなりには観られるだろう程度に考えていたが、その浅はかな考えはすぐに裏切られることとなった。
個人的な不満点は大きく3点ある。
①勝手に話が始まっていたこと
既に本編が終わった作品を無理矢理に続けるとなれば、新しいキャラクターを導入しなくてはならないだろう。またその人物には作品を転がしていくに足る課題や個性を与える必要が出てくる。
本作では「大和田ルイ」と「ウッコモン」にその役割が委ねられたわけだが、抱えている課題がどうにもデジモンアドベンチャーの世界観に対して、その根幹に食い込みすぎていたように感じた。
デジモンと人間のパートナーシップは自分が初めて結んだものであり、その後の結ばれていくものはウッコモンの力が有ってのものだと言うのだ。
そしてそれは現在も「選ばれし子どもたちの倍増」の傾向として続いているのだという。これまでの物語の裏側にあったと言い切るには、いくらなんでも強引がすぎるように感じられた。後日談モノではよくある展開だろうが、それにしては唐突な話である。
更にストーリー上の都合として、その原因には大輔や太一達の入り込む余地が全くなかった。この問題はいつの間にか始まり、本筋に絡むこともなくふんわりと続いていたことだったようだ。
つまり本作は、気がついたら背負わされていた課題を解決しなくてはならない、そんなストーリーが主軸になっているのだ。
②勝手に話が終わったこと
かくしてルイの願いを不完全なままに叶えようとしたウッコモンは、世界中の人々にパートナーデジモンを与えようとするが、そこで一同からは「そんな事をしたら世界が混乱する」との声が上がった。
確かに混乱はするだろう。それは事実だ。正味人口が倍になるようなものだ、土地や食料の問題を抜きにしても様々な混乱や弊害が生まれるだろう。
しかしこれまでシリーズ内で対面してきた問題と比べたとき、とてもボンヤリとした危機であるように感じてならなかった。
別に世界にデジモンが溢れたところで、それだけでは世界征服にも、まして世界滅亡にも直結しない。緩やかに異常が進行していくだけだろう。対処するに越したことはないだろうが、何としても止めないといけないことだろうか、と物語の進行についていけなくなってしまった。
さらにこの課題についても(大輔達の協力ありきだが)、ほとんどがルイとウッコモンの対話のみで解決に向かってしまった。もちろんその前にも戦闘や叱咤はあったのだが、やはり本質としての解決は新規キャラクターに委ねられた。ここでも既存のキャラクターは蚊帳の外のままでストーリーが終わったのである。
③キャラクターの存在価値が低い
画面上に複数人のキャラクターが並ぶ以上、ある程度は仕方のないことだと思うが、各個人に与えられた役割やそれに対するキャラ自身の拘りというものが全くと言っていいほど感じられなかった。
本編内を例を挙げると「ウッコモンを可哀想と言うヒカリ」と「絆や友情を失うことを恐れるタケル」に対して、その傾向を強く感じてしまった。
ウッコモンに悪意がなかった事から、その行いを養護するような言動を見せたヒカリだったが、結局はウッコモンを止める(倒す)ことには賛成したようだ。「それはそれ、これはこれ」と言うのであればかなり達観した人物として描かれているように感じる。恐らくだが、脚本の都合でウッコモンに同乗せざるを得なかったが故に、このような印象を覚える結果になってしまったのだろう。
タケルについても、ウッコモンを倒すことでこれまでのパートナーシップが解消され、バラバラになってしまうのではないかと不安を覚えていたようだったが、やはりウッコモンを倒すことには同意したようだ。目先の感情よりも広い視野で物事を捉える人物として描かれた一方、まるで無印初期のような弱さをもつ繊細さも兼ね備えているようだった。
その他、大輔はブイモンとの信頼を、賢は過去の過ちを、京は俎上の議題を転がす役割を与えられたようだ。1人忘れているような気もするが、恐らくは気のせいだろう。
音楽もデザインも過去作に則りながら、ほとんどの展開が新キャラに奉仕する様相となっている。それが本作なのだ。そこに過去の人物の意思は必要ない、そんなメッセージが込められている気がしてならない。
以上の3点が本作の不満点だ。
別に戦闘シーンが足りないとか、過去作リスペクトしてますという雰囲気を出すなとか、チョコモンとグミモンがみたいとか、インペリアルドラモンの縮尺が小さすぎるとか、ピュンピュン飛ぶより逆襲のように重さを出せとか、過去作ファンへの目配せは頻繁にやるくせにところどころ自我をだすなとか、そういう事が言いたいのではない。
このストーリーにはTVシリーズへのリスペクトや、それを好きで映画館まで足を運んだ視聴者の尊重といった要素は無いのだ。だからこそ、デジヴァイスやD3を消すことができるのだ。そんなものより、今の感覚だけで作った作品をお届けすることを優先したのだ。
私の意見だけが総意ではないのは当然だが、作り手側は我々のことなど考えていないのだと感じられて仕方がなかった。作中と違い作り手との対話が敵わない以上、もうあるがままを受け止め、是非を判断するしかない。
ここから何を始めようとしたのか、何かを始められるつもりだったのか。本当に不思議でならない。