5月26日、「洛中・洛外さんぽ」の第3回目に行ってきました。






【洛東】 哲学の道をぶらり散策

- 新緑眩しい「南禅寺」とみかえり阿弥陀を祀る「永観堂」 -




明治天皇が東京へ移られたことに対し

京都の人々は

東京遷都が京都の衰退につながるとして

連日反対運動を繰り返しました。



実際、江戸末期の京都の人口は35万人でしたが、

明治5年には、24万人に減少したと言われています。



京都の町をこのまま衰退させるわけにはいかないと

考える人もいました。

第2代と第3代京都府知事は

様々な京都の近代化政策を推し進めたのです。



その一つに、琵琶湖疎水があります。

琵琶湖から京都に通じる運河は

明治18年に着工、明治23年に完成。

舟運・発電・上水道・灌漑など様々な目的で使用され、

京都の近代化、殖産興業の基礎となりました。








ねじりまんぽ(蹴上トンネル)

このトンネルの上は蹴上インクラインが通っています。

インクラインとは

明治時代~昭和初期まで使用されていた傾斜鉄道跡で、

当時はここを荷物を積んだ船が通っていました。








「ねじりまんま」とは?

「ねじれたまま」という意味で、

このトンネルの壁は螺旋状にねじれているんです。

 上を重い荷物を積んだ舟用の台車が通るので、

強度を強くする目的でねじれているのだとか。








蹴上インクライン








琵琶湖から運河を通ってきた舟は、

蹴上でこの台車に乗せられて

インクラインを走って行きます。








琵琶湖疎水 設計者 田辺朔郎の像








遥か向こうに、平安神宮の大鳥居が見えます。








疎水沿いを歩きます。

前を歩いているのは、私たちのガイドさんの

らくたびの安達さんです。








南禅寺の三門も見えます。

南禅寺迄行って下へ降ります。












水楼閣(すいろかく)

明治21年に完成した

琵琶湖疎水の分水が流れる水路橋。

ドラマの撮影でよく使われるところです。








南禅寺 法堂








三門








門前右方の巨大な石灯籠は

寛永5年の三門落慶の際に奉献されたもの。

高さ6メートル余りあり、

大きさでは東洋一といわれています。












永観堂

後白河上皇が、紀州熊野権現を勧請して創祀。








昔から紅葉で名高く、

正式名を無量寿院禅林寺(むりょうじゅいんぜんりんじ)といいます。















臥龍廊(がりゅうろう)








御影堂








永観堂のご本尊様は、みかえり阿弥陀

顔が左後ろを振り向いている為そう呼ばれています。

永観がが念仏の行道中に現れて

振り向いて「永観おそし」と言葉を発したといわれています。








紅葉の時期は、最高だけど、

青モミジの季節も素晴らしいです。

それに、観光客が秋ほどには多くないのも嬉しい。








幼稚園を併設しているので、

黄色い通園バスが並んでいます。








法生池と錦雲橋








サツキが咲いています。

そう言えば、この時はサツキのシーズンだったんですね。

もう、ずいぶん昔の話です(苦笑)








多宝塔








茶店がありました。

作りの雰囲気が、ちょっとい~~~☆彡


























熊野若王子神社

熊野神社、新熊野神社とともに

「京の三熊野」のひとつ。








御神木の梛(なぎ)

樹齢が400年だそうですが、

残念ながら枯れてしまったようです。








本殿

永観堂の守護神としての神社。












疎水に架かった橋を渡り、

いよいよ哲学の道を歩きます。








哲学の道とは

熊野若王子神社から銀閣寺に至る

約1.5kmの疎水沿いの道。








叶 匠寿庵








やはり、ここは観光客が多いです。








疎水の水が、鏡のように澄んでいて綺麗です♪








桜の名所としても有名ですが、

新緑の季節もいいものです(^^)v












疎水から少し東の方にそれました。

道端のお花たちに目が留まります。








カシワバアジサイのようですね。








シモツケのようなお花を付けた

あなたはだぁれ?












大豊神社 本殿

この神社の奥の方へ行くと・・・








大国社があります。

「いなばの白うさぎ」の神話で知られる大国主命が祀られています。








狛犬ではなくて狛ネズミ

全国にある約8万社の神社のうち、

狛ネズミがあるのはここだけで、

子年のお正月には、

沢山の参拝客が訪れるそうです。








紫陽花












また哲学の道に戻って歩きます。








大豊神社御旅所








又橋を渡って、

東の様にチョットそれて行きますと・・・








霊鑑寺

南禅寺派の門跡尼寺で、

一般の拝観はできません。








安楽寺

法然の念仏道場。

後鳥羽上皇の官女の松虫姫と鈴虫姫が、

法然の弟子住蓮と安楽の説法に感化され、密かに出家。

上皇の怒りをかいかいました。

2人の僧は断罪に、法然も流されました。


このお寺は、ふたりの僧の菩提を弔うために創建。












子供の頃に食べたことのある

懐かしいグミの実に力を貰っても、

もう、疲れてしまって、

足が中々前に進みません。












法然院 山門








白砂壇(びゃくさだん)

山門を入ると、

両側に白い盛り砂があります。

水を表わす砂壇の間を通ることは、

心身を清めて浄域に入ることを意味しているのだとか。







この後、又哲学の道に戻り

銀閣寺前まで歩きました。

足が疲れて重い。

こういう感覚は久しぶりです。

銀閣寺ヘは何度も行っているので、

今回は寄らないで欲しいな・・・


私の願いが叶いました。

銀閣寺前で解散し、各自お土産などを買って

バスに集合。

16時過ぎにバスが出発して帰宅の途につきました。







今月の9日には、

「洛中。洛外さんぽ」の第4回目に行ってきましたが、

それを書く前に、

クラス会で日光へ行ってきた旅行の話と、

京都の市立美術館へ行ってきた話を書かなければなりません。

旅行記を書く道は長いです(滝汗)


使った写真は、なんと50枚!

最後まで読んで下さった方、

ありがとうございました。

そして、お疲れ様です。