例のごとく自己満足の文章のため長文警報←

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期末論文5000字とかふざけてますよね教授?
うちの大学内でいちばん課題の多い学科とはいえ、ここまで課題を出すこともなかろう;;
まぁ提出しないと必修単位落としてしまうので頑張って書きますが。


なんか近況書こうかなーって思ったけどとくに代わり映えのしない生活を送ってるのね、私。
掛け持ちバイトは相変わらず落とされるし印刷の課題でライブ資金になるはずだった1万円吹っ飛ぶし執行部の仕事では入力ミス連発するし軽く失恋するし忙しくて学校ある期間中に歯医者に行けなくて夏休み中に片道3時間弱かけて歯医者通いしなきゃいけないフラグだし夏休みの課題うちの学科しか無いらしいし課題でつかうソフトの体験版が明日あたりで期限切れちゃうしプリンター動かないしロクなことねーわぁー\(^q^)/

でもね、今の学校が大好きです。教授陣ドSすぎて泣けるけど←

というわけで私の将来の夢について語ろうかな。


中学生の頃、私は塾に通い始めた。
そこで出会った先生がめっちゃ神で神で(ついでにミスチル好きでwww)
よっしゃ私はこの先生みたいになろう、この先生を超えてやろう
って思って、高校に上がる頃までは教師志望でした。

自分で言うのもなんだけど、あの頃の私はそれなりに成績も優秀で。
地域の有名な公立進学校に合格。
今思えばこのころが学力のピークだったんじゃないかなwww

周りのレベルの高さに押されてアホ街道まっしぐらな高一の夏。
テストで赤点とりまくり。大好きだった数学も理科も勉強に手を抜いてたらこんな有様。
でも理科はあいかわらず好きでした。わかると楽しい。苦手だけど嫌いではない。
そんな夏休みに学校のプログラムで近くの国立大学と連携して登山に行った。
登山自体はかなりハードでもう二度と行きたくないって感じだった。
けれどそこで勉強したプレゼンの方法とか、森林環境における知識はちゃんと自分の実になってると思う。
登山の後のまた別の日、その大学に(タダで)入って授業受けることができた。
「今なら苔の研究してる人が少ないから苔の研究者になるとガッツリお金儲けできるぜ!」って教授に囁かれたから「よっしゃこの大学入って苔の研究して大金持ちになったるぜ!」って思った高一の晩夏。(笑)

その後ちょっと理系科目頑張ったけどやっぱ苦手なものは苦手。挫折しましたとさ。

そっからの数ヶ月は、なりたい職業ってものが具体的に決まってなかった気がする。(曖昧)
なりたい職業も行きたい学部もなかったからなー。
高二になってからは教師目指してた(これまた曖昧。)
アホ街道まっしぐらな私だったけど、英語は比較的定期テストで点数がとれてた。
だから英語の教師になりたいと思ってたんだ。っけ?←
あ、そうだ。特別支援教育やりたいと思ってたんだった。
小学校の時に仲良くしてた自閉症の男の子が亡くなったと聞いてショックだった頃かな。
高校に上がってからも筋ジストロフィーを持つ子と一緒にお弁当食べてたし、(いまは癌の療養中で職場離れてるけど)うちの祖父が特別支援学校の校長やってたことがあって、色々話きいてたのも大きかったのかも。
なんか力になりたい、って思ってたんだった。
でも今ふり返って考えてみると、この「力になりたい」は偽善的だったんじゃないかと思う。
語弊があるけど、「弱者の手伝いをする自分って素晴らしいよね?」
みたいな考えがどっか心の中にあったと思う。
だし、私って人にモノを教える時って自己満足になっちゃうんだよね。

妹に勉強教える時も、結局妹のことあんまり考えずに自分の知識をブヮアアアアアアってしゃべり倒す。
そんでもっていい気になっている。
で、肝心の知りたかった情報についてはあまり触れずに家庭教師タイム終了。
それでいいのか?って思ったことがあった。
教育を受ける側(生徒)が満足して、納得出来るような教え方をしなきゃ意味ないんじゃないか?
教育する側(教師)の自己満足な教育って、果たして教育を受ける側にとってどんなメリットがあるんだ?

わたしの周りは幸い、そうやって自己満足に走る先生方が少なかった。そんな環境の中で育ってきたけれど、実際いろんな友人に話を聞くと、自己満足の教育をしている教師にしか出会ったことがなくて小中高の授業が凄くつまらなかった、っていう話も結構多かった。

自己満足じゃダメなんだ。
英語の教師になるとしても特別支援の方向に行くにしても。
サービスを受ける側の気持ちにならなきゃいけない。じゃないとビジネスは成り立たない。
教育の場合公的機関とか法律の関係で「しかたない、自己満足でもいいじゃない?」ってなりがちだけど、私は教育もある種のサービス産業であると考えてる。
ビジネスなんだと思ってる。

だから私には教育向いてないなーって悟った。
もちろん子どもと触れ合うのは大好きだけどね。

そっから。
いつのことだったかは忘れたけれど、今の大学に入りたいと思うようになった。
今の私が目指して勉強している業界に興味を持つようになった。
もどかしいから書いちゃうことにするけど、武蔵野美術大学という私立では美術系のトップに位置する大学。
教師とか苔の研究とか、一般大を目指していた私が急に美術の大学に入りたいって言ったからまぁ周りはみんな驚いたわさ。けど、今わたしはここにいる。長い論争の末。

結局第一志望の学科には落ちて滑り止めの学科に超ギリギリで合格しました今年の春。
でも結果的には良かったと持っている。

第一志望の学科は、たしかに日本国内に名の知れた学科だし、大手企業に沢山の学生が就職していると聞く。入試の倍率もめちゃくちゃ高い。でも入学してから、その学科が専門的な授業しかしてないって事、知った。なんとなく予備校の教師にあの学科しか勧められなかったからあの学科が第一志望だった。だから今の学科に入学することに決まったときは贅沢ながらちょっと不満だった。
けどね、やっぱ自分に合ってる学科だなーとつくづく痛感している、最近。
私たちの学科は学際的なアプローチをする、そんな授業構成、いいよ。
だって美大なのにプレゼンについて1ヶ月とかさ。論文5000字とかさ。サーベイとかさ。マーケティングについてとかさ。一般大チックな授業も多い。(もちろん美大チックな授業が無いわけではない。)グループワークもサーベイもマーケティングもブランディングもプレゼンも、みんなみんな実践的で、終わってみると良い授業だったなと思う。
きっといつかこの経験があって本当に良かったと思う日が来るんだろうな。

理系にも文系にも進まず、美術(デザイン)という分野に進んだ私だけど、今まで通ってきた道はたしかに自分を後押ししてくれてると思う。
国立大との連携授業でシラカンバの美しさに魅了されたり、教師目指してた頃のオープンキャンパスで埼玉まで行って教育の大変さと教師の情熱を知ったり、紆余曲折を経てきた私ですが、これがなかったら今の私はなくて。
言い方が悪いけれど、あの時ターニングポイントをうまく飲み込めてなかったら、なんとなぁく高校のクラスの皆の流れに流されて一般大を受験してたんだろうな。なんとなあくMARCHクラスの経済学部だとか英文学科だとかに通ってたんだろうな。で、つまらん4年間を過ごすことになってたんだろうな。そう思う。別に経済学部や英文学科が悪いと言っているんじゃなくって、「なんとなぁく」「周りに流されて」がダメだと思うって言ってるのです。
最近、一般大に言った某友人とちょっと話す機会があったのですが。やっぱ「なんとなぁく」で進路決めてきたもんだから、今もう早速大学がつまらないんだとか。「高校3年のときにもっと辛抱強く考えてりゃよかったんだろなー」とのことでした。

自分、きっと幸せなんだろな。
なんとなーく生きてきた私だけど、ある瞬間にターニングポイントがあって。
そこで「えいっ」って方向転換できたからちゃんとモチベーション高く学業に臨むことが出来ている。
有難い話です。


で、今は何になりたいか、の話ですね?
実はただいま模索中でございます。←
というのも入学以前は「これやるぞー!!」ってのがあったのですが。
今の学科で勉強していくうちに、なんか違うなぁって思い始めたのでございます。
いろんなことを知っていく過程において、もっと面白い、自分に見合った道があるんじゃないかって。
というわけでとりあえず学部1年のうちはひたすらいろんなコトに手を出してみることにします。

やってみないと実際、向き不向きとか分かんないし。


令央はこれからどんどん邁進していく予定。(笑)
いろんな人と交流して、いろんなこと経験して、それでなにか発見できると信じています。





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ほら、また自己満足の文章になってしまった。
こーだから教育者には向いてないんです。私。

誰がこんな長ったらしい文章読むんだろう?

線より上の文章、まさかの3400字超え。
ブログならかけるのに期末論文5000字かけないのは何故だ?
※ただいま論文200字どまり。