息子、4月16日で3か月になります。ちょうど保育園に入所できる時期に仕事も開始しまーす。


世の中の子育て、教育論も昭和の頃と比べて大きく変化し、世代の違うわが息子の子育て事情も、私が育った昭和の教育とだいぶ違うことを覚悟しながら、、、また、最初の子供なので主人と、あーでもない、、こーでもないバトルを展開しながら過ごす事になるであろう保育園生活を想像し、ワクワクしています。



3か月で保育園、仕事復帰も世の中では賛否両論、、、。私自身は、そうすることで、息子に、人見知りにならずに、誰とでも、コミュニケーションが図れる力を養って欲しいという願いがあります。主人も反対ではありません。


所詮子供とは、親の願いとはウラハラになるし、希望通りに育たないよ、、なんて言葉もたまに耳にします。その通りだと思います。でもでも、私的には、二度とない息子と私とパパの人生、悔いのない子育てライフを家族みんなで楽しみたいと思っています。


正直私は、夫と出会うまでは、いわゆる恋愛などほど遠い、幸薄そうな(笑)バリバリのキャリアウーマンのようなかんじでした。 何がそんなに楽しくて仕事メインにしていたのかわかりません。お付き合いする男性がいなかったから、自然に仕事しかしなくなったのかもしれません。


主人と出会ってからも、仕事ばっかり、、、的な発言をよくされました。でも、少しづつ、人との出会いによって齎されるどこか暖かい人間愛に触れる機会も多くなり、この人とずっと一緒に人生過ごしたい!と考えるようになり、結婚が決まった矢先、新しい命の発見となりました。


小さくて、大切で、愛しい私たちの息子は、またまた、私の乾いた心に潤いをもたらしてくれました。結婚して、あーしっかりしなきゃ!と漠然と感じた感覚とは大きく違います。今度は、一人の人間の親として、心をごっそり入れ替える感覚です。それは、分娩室で息子が真っ暗な産道から出てきた瞬間、そういう言い表しようのない変化に包まれました。


しっかりしなきゃ!この子のために、しっかり生きなきゃ!この世にこの子の母親は私だけ!しっかりしなきゃ!!と思いました。


それまでの私は、自由奔放でどこかエラそうぶってて、なんかとっつきにくい感じでした。多分、、。でも、産まれた瞬間、世の中のすべての「母親たち」「父親たち」に尊敬の念でいっぱいになりました。また、ぶっきらぼうで、どこか冷たい感じだった、産婆さんや看護婦さんにも、手を握り締めて精一杯の感謝の気持ちとともに、謙虚な気持ちでいっぱいになりました。


そんな自分を客観視して、分析すると、あー人の親になるってこういうことなんだ、、女は親になることで、更に大きく成長するんだ、、、。出産を経験することで、何だかやっと生きている、自分の存在価値を認めてくれる、社会の一員になれた、、そんな気になりました。言い過ぎで語弊があるかもしれませんが、不摂生極まりない生活を送ってきた私にはとても大きな出来事でした。 


女に生まれて良かったと、この時だけは、両親に感謝しました(笑) 


出産、、、とっても痛くて、苦しくて、恐ろしくて、産む前からブルーになって、ごはんも食べれず、臨月なのに、体重は減ってしまってました。


出産前日の病院で、恐怖で新生児に負けないくらい大きな声でギャン泣きしてたのは、、、そう、私です。。ふふふ。



さてさて引き続き無痛分娩のお話ですが、そんなこんなで子宮口7~8センチ。。

私:『ええ!?こんなに死にそうなのにまだ、10センチじゃないなんて。。。』

先生:『あと少しだから!今、息んでもムダ!出てこないよ!!』と、、、。

私:『でも、先生、、でそうです。。』

先生:『じゃあ、どうぞ、頑張って』

私:『ええ?息んでもいいんですか?』

先生:『いいわよ』-そして先生、助産士さん退場ー分娩室でただ一人、、、

私:『ふーーーーーーん!!!ああああーーーーーん!!!』-なんで誰も居てくれないのよーー

今思えば、踏ん張り時で、他の9人のお産が重なってたから、一人にされたんだと思います。。でも、ひとりっきりって。。。かなり、心細くて、死にそうなので、思わず先生のポケット引っ張って、『行かないで~~!!ぎゃおーーん!!』と叫びました。


結局、そんなかんだで、苦しい最中、突然5.6人の看護士さん、助産士さん、先生らしき人が急に私の分娩室に集まり、『あなた!息して息!!呼吸が止まってる!赤ちゃんが苦しいって言ってるわよ!!』

私:『ええ、そりゃあ苦しいさ、、、あんたがた私を一人にするからさ、、、。』と心の中で思いながらまっすぐ天井の明かりを見つめてました。人間意識を失いかけたときは、明かりを瞬きせずに見ると良いらしいです(先生いわく)

すると、見かねた先生が

『引っ張ります!!』

(ええ、そうして下さい、是非ともそうして下さい。。早く終わらせて下さいな。。)

すると、看護士さん、ナースシューズを脱ぎ、私の胸の上にまたがり、、下には先生二人、、、、想像を絶する光景がそこには。。。。

。。。。。。!!!!!


人間の身体って、、こんなふうになりますのかー、、、こんなに、なっちゃって大丈夫なのか??

と今になって思いますが、そのときは、もうどうにでもなってしまえー!!とばかりに息んで、骨盤がターミネーターのお面のように、、または、自動ドアのようにシャキーンと開いたかと思うと、にゅるりんっとかわゆいかわゆい、宇宙人にたいな小人が出てきました。


ああ、終わった! 

瞬間、これまでの世界観がごろっと変わりました。この世に生存する全ての生命に愛しさを感じ、世の女性、母に尊敬の念を抱き、助産士さん、看護婦さん先生に感謝感謝(たとえ麻酔失敗しても、とりあえず)

ああ、女に生まれてよかった。(苦しいお産だったけど)
ああ、大好きな人の赤ちゃんを産むって、人生で最高の幸せなんだ!
ああ、なんだか、女として、人間として何だかやっと認められた気がする。。

生きてきて良かった。
我がままを言って困らせた、私の周囲の方に申し訳ない。。

生きることの意味、ずっと探求してた、、答えの無いもの探し続けてた。。

だけど、

子ども生んで、全て自分なりに解決できたような気がする。

私にとって、『生きる』ことの意味は


旦那に会って、結婚して、

子どもに出会うためだったんだ

幸せとは

大好きなもの、人に出会い、一緒に居ること

それが家族

家族って大事ですね

家族の誰一人とも離れたくない

だけどいつか、別れは必ずやってくる

それまで、めい一杯家族を愛そう

時間を大切にしよう

二度とない人生、大好きな人のために悔いなく過ごそう

そう、思わせてくれる

女の幸せ

それが、私にとっての

お産でした。
沢山の方が無痛分娩について体験談を書かれていると思いますが、私も、いわゆる『無数計画分娩』といわれるお産をしました。流れは、前日入院の翌日、促進剤を用いての出産です。。これから、無痛分娩される方のために以下に流れを書きます。頑張って下さい!

① 出産前日に、バルーンを入れる(子宮口を広げるための水風船のようなもの、別名、メトロ)
  (痛みはおそらくすごく痛いと思います。私の場合は、バルーンの前に麻酔のテストをしていたので、少し麻酔が効いている状態でのバルーン挿入でした。しかし、あそこの部分が相当広げられているのがわかり、痛みはものすごいものだと思います。麻酔は効いてはいるものの、やはり痛みはありました。)

② 翌日、バルーンも違和感や緊張のためにあまり眠れませんでしたが、いよいよ朝から促進剤をい  れて、夕方分娩にかけて準備、、、しかし、促進剤アトニンは私の体には全く効かず、ケロリンとしている私に、先生は、大丈夫??全然痛くない??本当に???なんて、心配されてました。

ただ、当の本人は、全く何にも感じてなかったので、このまま、無痛の分娩で終われば良いな~なんて言いながら、面会に来た主人とおしゃべりしていました。

③ 夕方5時ごろ、見かねた先生が、人工的に破水させ、そこから一気に、陣痛らしきものが、、、
  え、、、、無痛じゃないの??と思いながら、『先生、、麻酔~麻酔~~~~』と、何度も叫ん  でいました。先生はそのたびに、麻酔を増加しては下さるものの、『本当に麻酔入れてます    か、、、???と聞かずにはいられない、息苦しさ、、、。。汗だく、呼吸困難、血圧低下、、の状態で2時間程が過ぎました。。。。


長くなるので、一端ここで終了、、次回は無痛分娩2でお話します。
  
2013年1月16日、計画無痛分娩で入院、出産しました。無痛、、、いえいえ、激痛でございまし

た、、、。聞けば、何だか私の体質は薬が効かないらしく、誘発促進剤アトニンも、朝9時くらいか

らスタートしたのに、夫が面会に来た4時くらいまで、何ともなく、元気でおしゃべり、、、。。


そこから、人工的に破水させてすぐに激痛、、、耐えること5時間半、3466g男の子が誕生しました。(激痛の内容はだいぶ、カットしてます。また後日改めてUPします。)


  さてさて、これまでバリバリ仕事をしてきた今年35歳になる私は出産という人生最大ともいえる

イベントを経験し、1月20の退院後、ズット家にこもりっきりで4歳のミニチュアダックス君と、毎日

うん○をてんこもりになさるたっちゃんと3人でのほほんと暮らしております。愛しの旦那様は、朝4

時には仕事に出かけていく、睡眠不足ぎみの運転手さんです。4時に夫を起こし、最近授乳の感覚が1

時間半くらいになってしまったたっちゅあんの世話をしながら、ワンワンほえるダックス君に話しか

け、なだめ、毎日朝からてんやわんやです。しかし、こんな生活も後ほんのわずか、、、、家計を支

える為、自分の社会での存在価値を見出すため、、ストレス発散で家族に迷惑掛けない為等、、、

色々理由はありますが、3月くらいから、仕事に復帰しようと思っています。。私の仕事は販売員。

土日祝日は稼ぎ時、、休むことなどご法度。。同僚や、会社になんて言われるだろうか。。

でも、正直、夫はカレンダーの赤い日はお休みで、私も、家族と一緒に過ごしたい!!

こんなことを、会社に言ってみたらどうなるんだろう。。。

    『ああ、やっぱり、女は面倒だね、仕事をなめてんじゃね?』なんて言われないかな。。


言いそうなんだよね。。。ウチの会社の社長。。。でも、家族との時間は二度と戻ってこない貴

重な時間何言われても、母強し!上を向いて、前を向いて、歯を食いしばって生きていくしかな

いよね!他人の会社に家族を犠牲にしてまで、尽くせないわ!!と、言ってやろう!もし、嫌味

たらたら言われたら、そうしてやろう!!(できるかな、、、いや、やるしかない!!)