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メンヘラブログ

いつか強くなれます様に

みなさん、おはようございます。

低浮上のカウカウです。

 

あっ、そういえば新元号が発表されましたね。

 

「令和」

 

明治、大正、昭和、平成

 

この四つの元号に慣れているせいもあるからなのか

いまいちしっくりきません、これも慣れなんでしょうか。

 

4/30日までに生まれた人は平成〇〇年生まれの~とかいうんでしょうけど

それ以降に生まれた人は令和〇〇年生まれの~っていうんですよね。

 

うーん。しっくりこない、、、

 

 

前置きはさておき本題です。

 

 

みなさんは死ぬという事。生きるという事。愛するという事。好きという事。

この4つを考えた事ありますか?

 

自分は21歳と若輩者ですがこのすべてを身をもって体験してきました。

 

 

今日は長くなるかもしれませんがとことん書いてみようと思います。

 

まず自分が真っ先に体験したのは「好きという事」です。

 

初めてちゃんと恋愛をしたのが高校一年生、15歳の頃でしょうか。

 

クラスでも上位に入るぐらいの可愛さで身長も小さく人気者でした。

 

そんな子と何かをきっかけにラインするようになり、

 

その頃相手には彼氏がいたんですよね。

 

その相談で話の内容は盛り上がりいつか彼女を支えたい。という想いが芽生えていました。

 

で、ひょんな時にかっこつけたのも大いにあるんですが「俺と一緒に冒険でもしてみる?」って言ったんですよね。

 

今思えば厨二感満載で「きもい」の一言に尽きます・・・

 

で、そこから交際が始まったと。

 

それはとてもとても貴重な体験をさせて頂きました。

 

幼少期から女子に対して恥ずかしいというか目も合わせられないというか。

今じゃ考えられないぐらい奥手でした。

そしてちゃんと恋愛をしたのもその子が初めて。

 

恋愛に対してマニュアルを持っていないようなもんで右も左も分からない。

つまりどうしたらいいか分からないんですよね。

 

だから何かを誘ったりもできなかったです・・・(したかったけど)

 

そんな自分にその子はクラスで周りを気にせず話しかけてきれくれたり

「一緒に帰ろう」って誘ってくれたり。。。

 

ちょうど夏休みにかかる時期でお祭りも一緒に行きました。

女の子と休日にデートなんかしたことないもんで服装すらどうしたらいいか分からない始末・・・

友達に相談してたりもしました。

 

まぁ結果として別れてしまったわけで相手も結婚してしまったわけで今じゃ関わりもないんで

何もないですけど私は彼女に「好きという事」を教えてもらったと今でも思っています。

 

「好き」ってとても簡単な言葉です、文字を打てば「すき」と入力するだけで出てくるんですから。

 

でもその言葉や文字には想いがこもっていないと何の意味もないと思ってます。

ちゃんとした恋愛が初体験だった私に色んなことを教えてくれた。

 

片想いではなく両想いの「好き」という事がどういうことか。(今までずっと片想い止まりだったので)

 

あ、こんな気持ちなんだ。

 

恥ずかしいな、目も合わせられない、鼓動が聞こえるぐらいドキドキする。

 

すっっっっごい計り知れない幸福に満ち溢れてました。

 

表現するのが下手くそですけどこれが「好き」という事です。

 

 

次に「愛するという事」です。

 

それから私も何人かと恋愛をして付き合ってまぁ簡単に言えば慣れてきたわけですよね。

女性にも恋愛にも。

 

高校を卒業した後友達の紹介で知り合った女性とお付き合いすることになりました。

そう、何を隠そう私が自殺を図ったり精神的におかしくなってしまった原因の一部の例の彼女です。

 

卒業して専門入ってもやめて日勤をしだし結婚を意識し始めてたんですよね。

一人暮らしを始めてたのもありむしろ「結婚」と正社員としての「就職」にしか目がなかったです。

 

 

そしてそんな彼女と結婚を前提に付き合うようになり、同棲もするようになり

 

もちろん一緒にいる時間が増えるわけですからすれ違いも増えます。

 

不満も増える。

 

そりゃストレスもたまります。

 

喧嘩も増えます。

 

 

その時点で私は薄々「愛する」という事がどういうことなのか気づくのです。

 

好き と 愛する

って置き換えると

付き合う と 結婚する

 

だと思います。

 

結婚している夫婦がたかが不満やすれ違いが多いからで離婚するなんてごく僅かだと思います。

 

言い換えれば大半の夫婦は不満やすれ違いがあってもどこかでお互いを尊重し生活している。

 

と。

 

一生この人を好きでいれるな。そう思えるのが愛するということなんだと私は思ってます。

むしろ冷え切った夫婦を夫婦とは言わないと。

ただの一組の男女です。

 

今まで結婚なんて考えなかった自分に突如訪れた謎の結婚に対する意識。

悪い終わり方ではありましたけど、この彼女にもたくさんの事を教えてもらいそして愛するという事を教えてもらったわけですね。

 

 

で、この流れを利用して次は「死ぬということ」です

 

私が初めて自殺を図ったのはそう、去年です。

 

処方されていた薬を一気飲みして、いわゆるOD(オーバードーズ)です。

まぁー激痛でしたね、筋肉が解けていく感じ。

でもこれで死ねるんだ。って。

 

で目が覚めたら病院ですよ。

 

生死の間をさまよいました、でもこの世に引き戻されたんです。

 

ODもした、首つりもした、リスカもした。でも死ねない。

 

そう、死ぬってこういう事なんですよね。

 

死のうと思っても行動してもそう簡単には死ねない。

 

それが命の重さであり、死ぬという事なんでしょうか。

 

今は抗うつ薬を飲んでいることもあり気分も落ち着いてきて

前を向いて生きています。

最近は恋愛にとらわれることもなくなりました。

あーなんか彼女いないほうが楽だな~とか

他人の幸せを見ているほうが幸せだな~とか。

 

でもその反面一生一人なのかな。と不安にも駆られますが・・・

 

 

そして「生きるということ」

 

これは今でも非常に考えられます。

たくさんのドラマやMV、医療特番などをみて、たくさん考え悩みます。

 

今でもはっきりとした答えは浮かびません。

 

でも先ほど言った医療特番などから用いれば

例として新生児が様々な理由でNICUに入院し懸命に生きようとしているわけですよね。

 

それもあんなに小さい体で。

 

喋れないし泣くこともできないかもしれない。

 

とても痛いだろう、苦しいだろう、辛いだろう。とみている私でも心苦しくなります。

 

でもこう思うんです。

 

 

私が生まれた瞬間、いやお腹にいるときから私に訪れる試練や運命は決まっていて

 

それを乗り越えるのが生きるという事。だと。

 

もしかしたら試練を目の前に自殺を図るのも精神的におかしくなるのもそういう定めなのかもしれません。

 

でもそれがあっても生きているのは運命だから。(言ってる事滅茶苦茶ですよね、すいません・・・)

 

18歳を超えてから、特にここ1年間は表題の4つの事に特に考えさせられます。

 

日々答えを探して悩み考え生きる。

 

それもまた一つの生き方ですかね。

 

 

それでは。