今日は、6日ぶりに実家に行かなくていい日になりました。

今週は毎日実家に通うことで、母をデイサービスに送り出すことが出来、その代わりに母がいない間に姉が来て夕食の支度をして帰る…という変則的な1週間でした。

でも、その努力の甲斐あって、デイサービスは皆勤賞になりました


だから…なに ってわけじゃないんですが

とにかく、『今』を生きてる母にとって、社会性を保持してあげることも重要でして…

少しでもいい環境、刺激がある環境に置いてあげる意味があるのです。

今日は姉が午前中から来てくれることになっていたので、私は自宅でゆっくりしてました。

以前の私だったら、それでも母の事が気になり、心がどこか母を心配していましたが、最近は割り切れるようになったというか、任せられるようになったというか…そんな感じです。

これは、長くなるであろう『介護生活』において必要な心構えだと思います。

自分がつぶれない為には、任せる時には任せる

休める時には休む

忘れる時には忘れて、思い切り楽しむ

こんな基本がやっと身についてきたみたいです。


そんな今日が暮れようとしている時に、お散歩返りの父と母がマンションに寄ってくれました。

あら~いらっしゃい と、部屋に招き入れ、お茶を出し、今日の出来事として姉が来てくれた話を母にすると…

ん?誰か来たっけ??と、頭を傾げる母でした。

別に意地悪したわけではなく、話の一端としてそんな流れだったのですが…

本当に『今』だけを生きている母なのです

83歳の今。

この瞬間の記憶しか確かではなく…それ以外の記憶は曖昧であったり、記憶にすら残ってなかったり…

姉が来て、ひな祭りのちらし寿司を作ってくれたのを見ても、それが結びつかない悲しさ。

自分が作ってないなら、誰が作ってくれたか…なんてことすら考えられない悲しさ。

悲しいということすらに気が付かない悲しさ。


母は何と思っているのだろう…

何とも思ってない…か。


母にいつも、ね、お母さん、幸せぇ~?って聞いちゃう私。

すると、
うん…そうだね。90まで生きなきゃね…って答える母。

認知症でも90歳まで生きようとしています。

前向きにね…

記憶が途切れ途切れにはなってきましたが、ところどころにまだ『母』が残っています。


もう母は自分の記憶がつながっていない事に怯えなくなったみたいです。

初期の頃は、そんな状況が理解も出来たので、怯え、混乱し、絶望していたのでしょう。

頭が変になって来た
とか、頭が馬鹿になってるとか言ってね。


そんな苦しみから最近は解放されたんだろうか…


お母さん、大丈夫だよ。

みんなそばにいるし…

私たちが覚えているからね…



まめゴマ介護ブログのランキングに参加していますまめゴマ


コレ応援クリックしてネコレ



にほんブログ村


ポチっとボタンをクリックしてくださると介護の励みになりますにじ~


いつも読んでくれてありがとうございます花ピンク花ホワイト