はじめまして。りかです。

このブログでは、ADHDや買い物依存、過食など、自分の経験をありのままに書いていこうと思います。

「なんでこんなことをしてしまうんだろう。」 「どうして普通にできないんだろう。」

そんなふうに自分を責め続けてきました。

でも、自分の人生を振り返ると、今の自分につながる出来事がたくさんありました。

これは、私が過食や買い物に依存するようになるまでのお話です。

私は幼い頃からADHDの傾向があると言われ、WISC-IIIという知能検査を受けさせられたこともありました。

短期記憶が苦手で、小学校のテストでは思うように点数が取れませんでした。

母は教育熱心で、テストの点数が悪いと叱られることが多く、私は怒られることがとても怖い子どもでした。

そのため、悪い点を取るとテストを隠したり、捨てたりしていました。

もちろん最後には必ずバレます。

そして叱られる。叩かれることもしばしば…

その繰り返しでした。

今思えば、この頃から「怒られるくらいなら隠そう」「本当のことを言わない方が楽だ」という考え方が身についてしまったように思います。

中学校では勉強についていけなくなりました。

教科書を読んでも内容が頭に入らず、課題もいつも後回し。

興味のあることには集中できるのに、それ以外はなかなか手がつきませんでした。

今振り返ると、当時から解離症状もあったように思います。

中高一貫校でしたが、高校からは環境を変えようと思い転校しました。

最初は順調でしたが、勉強が難しくなるにつれて再びついていけなくなりました。

そして、「悪い点を取ったら怒られる」という恐怖から、テストでカンニングをしてしまいました。

当然すぐに見つかり、担任の先生には「母に怒られるのが怖かった」と正直に話しました。

家族は意外にも私を責めませんでした。

それでも、先生から言われた「もう以前と同じような目では見ることは出来ない。」という一言が頭から離れず、学校へ行くことが怖くなりました。

その後、不登校となり、通信制高校へ転校しました。

高校時代のことは、正直ほとんど覚えていません。

当時は解離症状が強く、記憶が抜け落ちている部分がたくさんあります。

それでも何とか卒業し、大学へ進学することができました。


大学では理系の学部に進学しました。しかし、実験では細かいミスや確認漏れが多く、周りに迷惑をかけてしまうことが何度もありました。

当時はまだADHDの特性について十分理解できておらず、「なんで自分だけこんなにできないんだろう」と自分を責め続けていました。

精神的にも限界を迎え、1年間留年した後、大学を中退することを決めました。

大学を辞めてからも、自分を責める気持ちや将来への不安は消えませんでした。

その苦しさから少しでも逃れたくて、私は過食や買い物に依存するようになっていきました。

欲しいものを買っているというより、一瞬だけ安心したかったのかもしれません。

でも、その安心は長くは続かず、自己嫌悪だけが残ります。

このブログでは、そんな私が依存症と向き合い、少しずつ回復を目指していく過程を記録していこうと思います。

同じように悩んでいる方が、「自分だけじゃないんだ」と思える場所になれば嬉しいです。

よろしくお願いします。