でも、数か月は東京恐怖症だったし、とにかく、しばらく自分が揺れている状態(地震を体験した時の揺れ。これは、みなさん、そうみたいでしたね。)が続いた。
でも、ある意味、これで東京に住んでいたらもっと辛かっただろうな・・私には「帰る」ところがあったから。
既に、休職満了まで1年程になっていた。
‘もう、本当に辞めよう’そう、決意も固くなっていた。
体の調子も、地震の余波に数カ月は苦しんだが、徐々に薄れてきていた。人間て、すごいなぁと思う。心にどんな大きな傷を負っても、体験をしても、「時間」が解決してくれるのだ。もちろん、トラウマとして残るものもたくさんある。残らない方が少ないかもしれない。でも、それが、その人の人生であり、人格形成に繋がっていくのだろう。決して、忘れないことも、これも大切なことのように思う。まあ、忘れることなんてできないんだけど。
地震のことも、心療内科の医師に話すと、「僕もまだ揺れてますよ(笑い)」と言っていた。
相変わらず、抗うつ剤は減らしたり増やしたり・・まだまだ波があった。でも、とにかく退職するまで、意地でも東京へ通うと決めていた。それが、私にできる最後の「仕事」のような気がしていた。
うつ病の患者さんは、ブログを読んでいても多い。みなさん、多種多様。100人いれば、100通りの症状だと思う。
でも、やっぱり、これは心療内科、つまり「薬物療法」が一番なのです。
今、いわゆる「心療内科クリニック」は、とてもきれいで女医さんも多いし、決して精神病
とは考えずに、心の風邪だと思ってください。ものの本には、心の風邪なんて、冗談じゃない
lってありますが、要は、そのぐらい多い、ということ。そして、特別な事ではないということ。と思って。怖がらずに、近隣の心療内科クリニックの門を叩いてください。一人で治すことはできないと思います。一番の難関は、家族、友人、恋人等、プライベートで身近にいる人に理解してもらうこと。これは・・・難しい

でも、でも、医師はわかってくれます。唯一、真っ先にわかってくれるのが医師です。もちろん、相性があります。特に、こういう心の病ですから、薬塗って治るものではない。だから、とにか自分に合った医師を探してください。なるべく、自分の家の近くに。通う、とういうことも一苦労ですから。以前、書きましたが、電車に乗るのも一苦労な時期もありますから。
あとは、自分を一番わかって欲しい人にわかってもらえるよう、なるべくわかりやすい本を渡したり(私は、ツレうつでした)、たまには同席してもらったり。
あとは・・・そんなパワーもそもそもないし、わかってくれない人は、それはそれで、と割り切ること。これも、大切なことです。まあ、だから、私も休職していたんですけどね。会社にわかってもらう、なんてまず不可能ですから。
まあ、そんなんで残り1年、心の波に揺られながら、カウントダウンをすることとなった・・・・
