二人の出会い | 生きてる缶詰

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ゼーゼマン家にて住み込みで友達役をつとめるという、ハイジの強制収容生活が始まる。
ここで出会った足の悪い令嬢クララは知的でやさしい子だった。
 
●ここから1974年アニメ版
ハイジがあまりに山での生活ばかりを語るので、クララはそれに対抗し人形や服など持ち物自慢をはじめる。
実際には見たことがない動物のカード・歩けないのに沢山の靴・着て行くことの無い服・そしてかぶって行く事も無い帽子、、、
ハイジは自分にも帽子有るもん!と、安物のそれを見せる。
その帽子は貧乏なおんじが無けなしの金で買ってくれたもので、ハイジの大切な宝物だ。
それを見るなりクララは「なによー その帽子フフフフフ」と鬼畜発言。
何かがゾワゾワして非常に好き。
のちにおんじには感謝してもしきれない程の恩を受ける事になろうとは、
この時のクララには知るすべも無かったのだが。
 
※ただ、その帽子は新品みたいに描かれててみすぼらしくはない。絵で見せるアニメでこれは無かろうと感じる。初見では何故クララが笑い飛ばしロッテンマイヤーもゴミ扱いして捨てさせるのか意味不明だった。
原作ではクシャクシャにして隠すとかみすぼらしい等の描写が何度も出てくるんだが。
 

原作同様、二人の対比描写が立て続けに描かれていく。
絵でしかネコを知らないクララに対し、ハイジは本物のネコを何匹も連れてきてひと騒動やらかす。
地下室に閉じ込められたらネズミと友達になり何匹も連れてくる。
行きたきゃ突っ走る・必要なら誰かに助けを求めてすぐ知り合いになる・可笑しけりゃ笑う・納得しなけりゃ怒る。
自分には無いフリーダムさがクララには羨ましい。
 
 
このようにハイジはゼーゼマン家の財力には終始関心が無い。
しかしクララの切り札は物以外無いのだ。
どうやったらハイジを此処に引き留められるのかと焦りだすくだりが痛ましい。
アニメ版32話「あらしの夜」で、自分でも説明のつかない焦りやハイジへの強い感情をロッテンマイヤーに対し爆発させ女史を狼狽させるくだりがあるが、そこまでへの積み重ねは見応えがある。
アニメ版のフランクフルト編は辛くてあまり観れなかったもんだが、いま観てみると見事な展開で驚きます。
大まかな流れは原作通りだけど、クララとハイジの交流描写がより具体的で丁寧なので説得力があるのでしょう。
 
 
 
---------------------------ついでに-------------------------------

フランクフルト編でのクララの立ち位置はロシアアニメ「雪の女王」での山賊の娘のそれと似てる気がしてきた。
一般の生活を知らず偏った暮らしをしてきた山賊娘が、よそ者(主人公)と出会う。
なんとか友達になろうとするが、信念の強い主人公を引き留めておくことができず苦悶の末とうとう解放し涙。
そして世の中には自分とは違う価値観もあるのだと知る。
あの山賊の娘のシーンは異様なほど心を揺さぶる。
今振り返っても主人公の印象は薄いし、前後の話もあまり覚えてない。一応ハッピーエンドだったんでしょう。
まっすぐ突き進み信念を曲げず戦う主人公は印象に残らず、脇役の娘には感動する、、、これはどういうことでしょうか。

改心や成長は自分自身を改変しなければ出来ないので、そこには多くのエネルギーや勇気が要る。
これを受け持つ者こそが人を感動させる、、、、、からなのか?
 
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