リッキーです
最近アドラー心理学の嫌われる勇気にはまっております
ほんとにおもしろい考え方でこの世界を説明しているし、その説明が自分ではなんとなく気が付いてはいたけど、認めたくなかったこと
って感じで、読んでいて「なるほどねー」ってよく言っています
自分はフロイトの精神分析の本の入門編も読んだことがあります
フロイトは「トラウマ」という言葉を作った人?だったかな?
そんな感じだったと思います
つくったかつくってないかは今回関係ないですが
トラウマについて今回は二人の考え方の違いを説明していきます
フロイトはある女性から相談を受けます
足が痺れるような痛みが出て歩けない
という相談
足をケガしたとかじゃなくです。
そこでフロイトは自ら編み出した精神分析で診察していきます。
懸命に診断したかいがあってフロイトは、これが原因で今の症状が出ているんじゃないか?という
理由に辿りつきました
それは義兄への恋心でした
相談した女性には姉がいました。その姉の結婚相手に恋をしてしまったのです。
現代の恋愛は自由恋愛ですが、自分の兄弟や姉妹の相手に恋をしてしまうのはいけないこと
ではないのかもしれませんが、自分の中だけにしまっておいたり
自分はいけないことをしているような感覚になってしまいそうですよね
現代の恋愛観でさえタブーとされているような恋です
フロイトの時代は中世ですから、当時の相談者は現在よりも罪悪感、自己嫌悪感を強く感じたのは想像するのもたやすいですよね
女性ははしたない行動はNGだし、結婚するまで潔白でなければならないというのが常識だった時代だったらいいですよ
女性は、恋心があると自分で気が付いた瞬間にその感情を無意識にしまい込みました。
自分が、姉の結婚相手を好きになるような女だと認めたくなかった
姉に対する罪悪感
無意識にしまい込んだのです
ところが、姉は亡くなってしまいました
相談者の女性は当然悲しいのですが・・・・
「これで義兄を自分のものにできるかも」
という気持ちがあることにも気が付いてしまったんですよね
そうすると、また自己嫌悪、罪悪感がでてきます
そして、これが自分への戒めとして
「足が動かなくなるという」結果を導いた
これがフロイトの結論です
つまり、過去のトラウマ(原因)があるから症状がでた
これを原因論といいます。
原因論に対して、アドラーは目的論を唱えています
目的論とは
なんらかの目的があって、現在があるといった考え方です
今回の女性の件で考えると
なにかの目的があるから、足が動かなくなった
こうゆうことです。
わかりやすく言うと
義兄に会いに行くことができないように、足の動かない私を嫌ってもらうという目的があるから足が動かなくなった
ということになります。(目的は自分で考えたので本当かは不明です)
考えてみるとおもしろくないですか?
フロイトは、女性を精神分析している段階で
義兄への恋心が原因で足が動かなくなったんじゃないか?
って考えたけど
アドラーは
いやいや、足が動かなくなったら義兄はこんな私なんてきっと嫌だろうし私はむしろ嫌ってほしいから足を動かなくしてしまえって思ったんだよ
義兄への恋心を消す目的が足を動かなくさせたんだよ
アドラーの言っていること
なんとなくわかりますよね?
原因がそうさせてるんじゃない、目的がそうさせているんだ
今のお前がそうであるのは
お前がそれを望んだからそうなっているんだ
望みさえすればなんでも叶う
おお
飛躍しすぎた
よく引きこもりの人の例がわかりやすくて出てきます。
引きこもっているのは過去のトラウマが原因じゃないよ
引きこもることで自分の目的が達成されるから引きこもっているんだよ
例えば、ひきこもることによって
周りが心配してくれる
それによって特別な存在でいられる
人と関わらなくてよくなる
などなどです
けど僕は、フロイトがどんな女性を診察して原因論を唱えたか、そしてアドラーがそれを違う角度で見た
ってところが面白いと思ったんです。
女性が
義兄が好き
けど姉の夫だから奪えない
姉も好きだから悲しませたくない
私が我慢すればいいの
けどもし
もしだけど
もし義兄が私を好きになったら
そしたら仕方がないよね
私がくっついてもいいよね
そしたら私からじゃないし姉への罪悪感も今ほどじゃないわ
駄目よ私!!
そんな汚いこと考えるなんて
私はなんて最低な女なの
義兄が私を好きになるなんて
そんなことあったはならないわ
あ、お姉ちゃん死んだ
義兄と私がくっつけるかも
ちょっと待って私
なんてこと考えてるの
私は義兄の顔も見てはいけないし、義兄に嫌われるしかないわ
そうだ。
足が動かなくなればいいんだ。。。。
アドラーよ。あなたはすごく楽しい
おもしろい
人を深く考えていたんだな。