ヌウは一回、ちらっとボノの方を見てから、

バッグを開いて、大事そうに中のものを取り

出します。

「これがピョーイさ」

 ヌウが持っているのは、サッカーボールで

した。ふつうのボールに見えます。みんな、

びっくりしてがだまってしまいます。

 ボノは気づきました。それは一週間前に、

ヌウのお父さんが持ってきたものです。「元

気になったら、父さんとサッカーをしような」

と言っていたのを思い出しました。

 ヌウの顔を見ます。だれの目も見ていませ

ん、あせをかいて、うっすらと笑みをうかべ

てボールを見つめています。

「これがピョーイなの?」

 プナが、ふしぎそうな顔をして聞きました。

「うん、今、ピョーイはボールに変身してい

るんだ。ピョーイは何にでも変われるんだ」

 ヌウは一気にしゃべりました。

 いっしゅん、しーんとした後、プナが大笑

いをしました。

「すごーい!ヘンシン!ヘンシン!」

 小さな男の子と女の子もつづきます。

「ヘンシン!ヘンシン!ヘンシン!」

「それからね。みんなもピョーイを持ってい

るかもしれないよ。ピョーイは、お願いした

ことが形になってあらわれるんだ」

 ヌウが、プナと小さな子たちの前にしゃが

みます。

「本当?本当?」

 プナと小さな男の子と女の子が、はしゃぎ

ます。

「おれは病気が治ってサッカーがしたいと、

ずっと願っていた。そうしたらある日、父さ

んがサッカーボールをプレゼントしてくれた

んだ。でも、おれににすぐに、それがピョー

イだって分かったよ。前の日の夜に夢で見た

んだ、ピョーイとの出会いの場面を。おれが

火事から助けたところをね。あれはピョーイ

がおれに見させたんだ」

 ヌウは顔をあせをかきかながら、せつめい

しました。

 プナと小さな男の子と女の子は、ふしぎそう

な顔でヌウの話を聞いています。

「好きなこと、大事なことを強く願えば、目

の前にあらわれるんだ。それがピョーイさ。

その時、ピョーイは、みんなの欲しいものに

変身している。生まれたままの、おかしなか

っこうで出てきたら、人間はびっくりしちゃ

うからね」

「ふーん、そうなんだー」

 プナと小さな男の子と女の子は、わくわく

した笑顔に変わります。

 ヌウの方は顔があせだくになりました。

 キゾとリネが何か言おうと、身を乗り出し

た時、ボノがそれよりも前に出ました。

 ズボンのポケットからヨーヨーを出して、

ぱんっと音を立てながら、ゆかに置きます。

みんなが黙って、ちゅうもくしました。

「これがぼくのピョーイさ。今、ヨーヨーに

変身しているんだ」

 ボノはゆっくりと、みんなの顔を見回しま

した。ヌウは、”えっ?”という顔をしてい

ます。

「ぼくはヨーヨーの名人になりたいと、強く願

っているからね。お母さんがくれたヨーヨー

だけど、ぼくにもそれが、すぐにピョーイだ

と分かったよ」

 ボノはヨーヨーの糸を、びゅーんと一回の

ばして手に巻き戻します。とても上手です。

「わーっ!すごーい!」

 プナと小さな男の子と女の子が、手を取り

合ってはしゃぎます。

 キゾとリネは顔を見合わせてから、少しほ

ほえみました。

「みんな、これがぼくのピョーイだよ」

 キゾがうで時計を外して、小さな子たちに

見せます。

「ぼくはいつも時間に正確に動きたいと願っ

ているからね。お父さんからのプレゼントだ

けど、これがピョーイなんだ」

「わたしのはこれよ」

 リネは首にかけていたペンダントを外して、

みんなに見せます。

「わたしはいつも、かわいくなりたいって願

っているからね。お母さんのプレゼントだけ

ど、これもピョーイよ」

 ヌウは目を大きく丸くして、キゾとリネを

見ました。

 ボノは笑顔で両手を広げました。

「君たちも、もうピョーイを持ってるはずだ

よ。好きなもの、大事なものがあるだろ?

それがピョーイの変身したすがたさ」

 プナがポケットから、ハーモニカを出しま

した。

「これがぼくのピョーイなの?」

「そうだよ」

 ボノはやさしく、ほほえみます。

 小さな男の子は、ポケットからミニカーを

出しました。

「じゃ、僕のピョーイはこれだ!」

 小さな女の子も、ポケットからきらきらと

石を出しました。

「これがあたしのピョーイなのね!」

「そうだよ。みんな、ピョーイを持ってるん

だ!ピョーイは本当にいるんだよ!」

 ボノが両手を大きく、ふりました。

「わーい!」と小さな子たちがとびはねます。

 ヌウは少し泣きそそうな顔と、笑顔がまざっ

た顔になっていました。

 ユッコおねえさんが、ヌウに近づいてかた

に手をおきます。やわらかな笑顔です。

「仲間外れにして、ごめんな」

 キゾがヌウにあやまりました。

「わたしもごめんね」

 リネも頭を下げました。

「おれの方こそ……ごめん」

 ヌウはなみだぐんで、その後は言葉が出て

きませんでした。

 ヒゲ先生はボノにポチをわたして、笑顔で

部屋のはしへと歩いていきます。

「ヌウ、また、ポチをもらってくれるかな。

ピョーイの友達にしてあげて」

 ボノはヌウにポチを差し出しました。

「ごめんな。ありがとう」

 ヌウはなみだをこらえながらうけとって、

ほほえみました。

「あのな、ボノ、おれ、おととい、ヒゲ先生

に聞かれたんだ。ボノとこのままでいいのか

い?ってさ。もちろん、仲なおりしたいって

言った。でも、ポチを投げちゃったから、ボ

ノはゆるしてくれないかもと思って……」

 ヌウは泣きそうになって、言葉をつづけられ

なくなると、ユッコおねえさんがヌウのせな

かをおします。

「ほら、ヌウ、あれ、出して」

「う、うん」

 ヌウはてれくさそうに、ポケットから青い

物を出しました。それはあみこまれた長四角

の毛糸で、はしっこにボタンが二つ、つけら

れています。

「ヌウ、何?これ」

「いちおう、服なんだ。まあ腹まきみたい

なもんだけど、ポチの服を作ったんだ」

 ヌウは顔を真っ赤にしています。

「ヌウが?これを?」

 ボノは目を丸くします。

「下手くそだろ?でも、いっしょうけんめ

い作ったよ。ユッコおねえさんに教わりなが

ら二日間、何度も、何度もやり直して」

 ヌウがポチの服を強くにぎります。

「すごいよ、ぶきようなヌウが、これを二日

で作るなんて」

 ボノはこうふんして、声が大きくなります。

「はずかしいとこ、見られなくなかったからさ、

部屋にだれにはだれも入れなかったんだ」

 ヌウはてれくさそうに頭をかきます。

「ありがとう、ヌウ」

「この服、ポチに着せてもいいかな?」

「もちろんだよ」

 ボノが笑顔でうなずくと、ヌウはポチの体

に服を巻きつけて、ボタンで止めました。

「ちょっと、大きすぎたかな」

 ぶかぶかな服を着たポチを見て、ヌウがに

が笑いをします。

「ポチがエサをいっぱい食べて大きくなれば、

すぐにぴったりになるよ」

 ボノが笑います。

「そうだな」

 ヌウもつられて笑います。

 プナ、小さな男の子と女の子、キゾ、リネ、

ユッコおねえさんが、服を着たポチをかこん

で笑います。

 ヒゲ先生がそっと、ゆうぎ室を出ていきま

した。その後ろすがたを見て、ボノが追いか

けます。

「ヒゲ先生」

 ヒゲ先生はゆっくりと立ち止まって、ふり

向きます。

「ヒゲ先生はこうなることを、分かっていた

んですか?」

「いや、分からなかったさ」

 ヒゲ先生は、おだやかな笑みをうかべます。

「何でピョーイのことで、ヌウに何も言わなか

ったんですか?」

「それはボノが一番知っていることだろ。ヌ

ウは少し変わってる子だけど、すてきな子だ。

ちがうかい?」

「いいえ、すてきです」

 ボノは強く首を横にふってから、笑います。

「もし、ヌウが今とちがう子になったらどう

する?」

「いやです。今のままがいいです。あのまま

のヌウが好きです」

 ボノはヒゲ先生をまっすぐ見上げます。

「うん、うん。うん、うん」

 ヒゲ先生はいつものほほえみで、何度もう

なずきました。

 

 

☆ピョーイの話は今回で終わりです。

 次回は”ボノとヌウ”の最終話を書きます。