ピョーイ

  病院の中庭の桜が、ちらほらとさき始めま

した。入院しているかんじゃさんたちも、桜

を見て明るい気持ちになります。

 しかし、ヌウだけは体の調子が悪くなって

きてしまい、一人部屋にうつされました。

 ボノは毎日、おみまいに来ました。でも、

ヌウは元気になりません。げんいんは体の

ことだけではありませんでした。

 しょうにかにキゾという男の子と、リネと

いう女の子が入院してきたからです。二人は

ヌウと同じ年です。

 キゾは頭がよくて、小さな子たちに数の数

え方を教えるのが上手です。

 リネはとてもきれいで、小さな子たちにお

り紙で、つるのおり方を教えてあげました。

 そんな二人はあっという間に、春から入院

してきた、小さな子たちの人気者になりまし

た。

 ヌウはもともと、小さな子たちにしたわれ

ていません。二人が入院してきてからは、よ

けいに「遊んで」と言われなくなりました。

ヌウはそれがさびしくて、一人部屋にこもっ

てしまいます。

 それでも、ボノが来た時はみんなといっし

ょにゆうぎ室へ行きます。しかし、時々、変

なことを言うヌウを、キゾとリネはきらいま

す。

「ヌウはいつも、犬のぬいぐるみを持ってい

るねえ」

 キゾはにやにやしながら、ポチを見ました。

「ぬいぐるみじゃないよ、ポチだよ」

 ヌウは口をとがらせませ。

「ポチって名前もかっこ悪いわね」

 リネが口のはしを上げて笑います。

「いいだろ、別に」

 ヌウはさらに口をとがらせますが、声は小

さくなります。

 ボノは、胸がぎゅっとしめつけられる感じ

でした。自分があげたポチのせいで、ヌウが

ばかにされているからです。

「ぼくはね、家で犬を飼ってるんだよ。ゴー

ルデン・レトリーバーさ」

 キゾは、小さな子たちに写真を見せました。

大きな大きな犬がうつっています。

「名前はバルトっていうんだ」

 キゾはにやにやしながら、ヌウを見ます。

「かっこいいなー」「おりこうそうだなー」

と小さな子たちが、はしゃぎます。

 ヌウはちらっとバルトの写真を見た後、下

を向いてしまいます。

 すると、今度はリネが写真を見せました。

「あたしの家は子ねこを飼っているわ。アメ

リカン・ショートヘアで、名前はジュエリー

っていうのよ」

 リネはとくいげに、ヌウの前に写真を差

し出します。

 いっしゅん、ジュエリーを見たヌウはまた、

うつむいてしまいました。

 小さな子たちは「かわいい、かわいいー」

と、むじゃきにはしゃぎます。

 ボノはヌウを見ました。ヌウはポチを片手

でぎゅっとにぎっています。

「ヌウは夜、ねてる時も、そのぬいぐるみを

だいてるんだってね」

 キゾがまた、にやにやしました。

「こらこら、人のことを悪く言ったりしたら

ダメよ」

 ユッコおねえさんが、ゆうぎ室に入ってき

ました。後ろにヒゲ先生もいましたが、だま

っています。

「悪口じゃないです。本当のことですよ」

 キゾがユッコおねえさんを見上げます。

「ヌウはポチが大好きなのよねー」

 リネがヌウの前まで来て、顔をのぞきます。

「おれはポチなんか好きじゃないよ」

 ヌウがポチをほうり投げました。

 ボノがびっくりして、ころがっていくポチ

を目で追いました。

「こら、ヌウ、物を投げないの!」

 ユッコおねえさんが怒ります。

 ヌウはぷいっと横を向きます。

 ボノはヌウが、「ポチは物じゃないよ」と

言ってくれると思いましたが、ヌウはだまっ

たままでした。

 ヒゲ先生がポチを拾って、本物の犬のよ

うにだきます。

 ヌウはキゾとリネをにらみつけました。

「おれはな、そんな犬やねこよりもすごいも

ものを飼っているぞ」

「何を言ってるんだい。君はずっと入院して

るんだろ」

 キゾがにらみ返しました。

「ペットを飼えないから、犬のぬいぐるみを

持ってるんでしょ」

 リネもヌウをにらみます。

「おれは自分の部屋で、すごいものを飼って

いる」

 ヌウはキゾとリネの前に、ぐいっと胸をは

って出ていきます。

「何だよ、言ってみろよ」

 キゾが一歩、前に出ます。

「何を飼っているのよ」

 リネもヌウに近づきます。

「ピョーイだ」

 ヌウはぐいっとあごを上げました。

                                                                                                                                                                            ☆ピョーイの話は長いので分割して、

 発表させていただきます。                                                                                                                                          ピョーイの話だけ、一話完結では

 ありません。                                 

 ご了承下さい。