ビバ!遊び場
病院の中庭の木々の葉が、かれて落ち始め
た季節に、ボノがいつものようにヌウのおみ
まいに来ました。
ヌウは最近、すもうが好きです。ボノが来
るたびに、二人でベッドの上で紙ずもうをし
ています。
「なあ、ボノ,紙ずもうもあきてきたな」
「そうだね。いつもぼくばっかり勝っちゃう
しね。ハハハ」
「何だよ、本当のすもうを取ったらおれの方
が強いぞ」
「そんなの分からないぞ。体が大きい方が強
いって決まってないのがすもうさ」
「よし、勝負だ」
ヌウがベッドから下りました。
「どこで取るんだよ。病院にそんな場所ない
って。ろうかだとまた。ユッコおねえさんに
怒られるし」
ボノはベッドにすわったままです。
「逃げるのか、おくびょう者め」
ヌウがにやりと笑います。
「そんなことないさ。やってやる」
ボノがベッドから下りました。
「でも、本当に場所がないんだよなあ」
ヌウがうでぐみをします。
「ゆうぎ室は小さな子が多いから、あぶない
よね」
「ぶつかったら、けがさせちゃうしな」
「中庭はさんぽの人が多いからね。それに人
が見てると、ちょっとはずかしい」
「別に本当にまわしをつけて、けつ出すわけ
じゃないぞ」
「当たり前だよ!」
ボノが顔を真っ赤にしました。
「あっ、そうだ。一階のおくに使ってない部
屋があるだろ」
「ああ、そうじのおじさんが前に使ってた部
屋だね」
「あそこは古くなって、今度、かいそう工事
をするから、それまではあいてるぞ」
「よし、決まり」
ボノとヌウは二階の六人部屋から階段で、
一階のおくの部屋へと行きました。まちあい
室のそばのその部屋は、本のたばがあり、物
置きのようになっていました。
しかし、それをはしにどかせば、たたみ二
じょう分の広さができました。
「これならすもうがとれるぞ」
ヌウが汗をふきながら、笑顔になります。
「うん、このたたみから出たら、負けね。あと
はたおされたら負け。でも、ここ、きたない
からたおされたくないな。ハハハ」
ボノもあせだくになりながら笑います。
「よーし、行くぞ!」
ヌウがしこをふみます。
「来い!」
ボノが両手をついてかまえます。
「はっけよい、残った!」
ヌウのかけ声と同時に、二人はがっちりと
組みつきます。ボノが力いっぱいおしますが、
体の大きなヌウは動きません。
今度はヌウが投げをうとうとしますが、ボ
ノがこしを落として投げさせません。
「うわー!」
ボノが大きな声で気合いを入れておします。
「おりゃ!」
ヌウはボノの力をりようして、体を入れか
えて投げつけました。ボノはたたみにばたー
ん!と大きな音を立ててたおれました。
「やったー!」
ヌウがガッツポーズを取ります。
「くっそー!」
ボノがくやしがって、たたみをたたきます。
「こらっ!何してるの!」
ユッコおねえさんが、入り口に立っています。
とてもこわい顔をしてるので、ボノもヌウも
ぴたっと動きが止まりました。
「こんなところで、あばれちゃダメでしょ」
「あばれてたんじゃないよ。すもうだよ」
ヌウが弱々しくこうぎします。
「うるさいでしょ。まちあい室のかんじゃさ
んたちがびっくりしてたわよ」
「ごめんなさい」
ボノがすなおにあやまります。
「それに、ここは入っちゃいけない部屋よ」
「でも、すもうを取る場所がないんだよ」
ヌウはまだ言い返しますが、声がどんどん
小さくなっていきます。
「ヌウは体の具合が悪いから、入院してるん
でしょ。すもうなんか取っちゃダメよ。熱が
出ちゃうわよ」
「へいきだよ。最近、体の調子がいいんだ」
「ゆだんしちゃゃダメよ。むりはいけないわ」
「……」
ヌウはまだ何か言いたそうでしたが、だま
りました。
「ごめんなさい。もうしません」
ボノが大きく頭を下げました。
「本当にもうダメよ。この部屋に入るのもき
んしよ。約束して」
ユッコおねえさんが、右手と左手の小指を
出しました。
ボノが右手の小指と自分の小指をからま
せて、ヌウは左手の小指とからませます。
「はい、じゃ、指切りげんまん」
「もう一階のおくの部屋では遊びません。ウ
ソついたら、ハリセンボン飲みます」
ボノとヌウが、力なく指をふって約束しま
す。
「はい、これでいいわ」
ユッコおねえさんは二人の頭をなでてから、
部屋を出ていきます。
ボノとヌウはしばらく、だまったまま動け
ませんでした。
「ヌウ、もうベッドにもどろう」
ボノがようやく立ち上がります。
「うーん」
ヌウは、なっとくできないようすでした。
「行こう」
ボノが手を引っ張りますが、ヌウは一歩も
動きません。
「ヌウ」
「やっぱり、おれはすもうを取りたい」
「でも、約束しただろ」
「なあ、ちゅうしゃじょうに行かないか。あ
そこなら広いし、さわいでも怒られないよ」
「ダメだよ。車が通るからあぶないよ。それ
にアスファルトにたおれたら、いたいよ」
「じゃ、屋上はどうだ?」
「あそこも下は固いじゃん。それに子どもた
ちだけで行っちゃダメって言われてるだろ」
「そんなの、だまって行っちゃえば分かんな
いよ。下が固いなら、ほしてあるふとんをし
いて、どひょうにしちゃおうぜ」
「ヌウ、めちゃくちゃだよ。さっきよりもっ
と怒られるよ」
「おれは行くぜ」
ヌウは部屋を飛び出していきます。
「ヌウ、ダメだよ」
ボノがあとを追いかけます。
ヌウはまちあい室から、エレベーターに乗
ります。
ドアが閉まるすんぜんに、ボノも乗りこみ
ました。ほかにはだれも乗っていません。
ヌウが屋上のボタンをおそうとするのを、
ボノがひっしに止めます。
「ボノ、離せ」
「離さないよ」
ボノは離しませんでしたが、ヌウは力ずく
で屋上へのボタンをおしました。
「へへへ」
ヌウは満足そうに笑います。
「もう、勝手にしろ」
ボノは、回数をしめすボタンをにらみます。
エレベーターは屋上へと着きました。
ヌウが下りようとしますが、ボノは動きま
せん。
「何だよ。下りないのかよ。ユッコおねえさ
んに怒られるのが、そんなにこわいのか?」
「ちがうよ。ねえ、この病院って地下もある
んだね」
「知らなかったのか?でも、そこはおれも
行ったことないよ」
「何があるの?」
「あんち室さ。亡くなった人がいるところな
んだ」
「ふーん」
ボノは”B”と、しめしているボタンを、見
つめました。
「何だよ。地下に行きたいのか?」
「ううん、そうじゃないよ。この階数のボタ
ン、何か変だなと思って」
ボノは全部のボタンをじっと見ます。
「別に変じゃないだろ。屋上,三階、二階、
一階、地下だろ。ふつうだぞ」
「うん、そうなんだけどさ。うーん」
ボノは頭をかかえました。
「何をそんなになやんでるんだよ」
ヌウも下りるのをやめて、ボタンを見ます。
エレベーターが動きだして、下りていきま
した。三階、二階と通りすぎて一階で止まり
ます。うでをほうたいで巻いたおにいさんが、
乗ってきました。
ボノはボタンを見たまま動きません。
「君たち、下りないの?」
おにいさんが聞きますが、ボノは答えずに
ボタンを見ています。
「あっ、このまま乗っています」
ヌウはあせって答えます。
おにいさんといっしょに、二人もエレベー
ターでまた上がっていきました。三階に着く
と、おにいさんは下りましたが、ボノはまだ
動きません。ボタンをじっと見たままです。
「なあ、ボノ、どうしちゃったんだよ」
ヌウがボノの体をゆすります。
「ねえ、ヌウ」
「何だよ」
「学校で算数、ならっただろ」
「おれ、ずっと入院してるから、ほとんど学
校に行ってないよ」
「でも、勉強はしてるだろ」
「うん、ユッコおねえさんにも教わってる」
「数の勉強だ。三、二、一の次は何だ?」
ボノがヌウを見ました。
「バカにしてるのか、それくらい、おれだっ
て分かるよ。ゼロだ」
「うん、そうだよね。でも、このボタンを見
ろよ」
ボノに言われて、ヌウがボタンを見ました。
「三階、二階、一階、地下、それがどうかし
たのか?」
「おかしいだろ?」
「何が?」
「地下一階って何だよ」
「地下一階?それは……あっ、マイナス1だ
よ」
「だろ?」
「ゼロがない!」
「ふしぎだ」
エレベーターが一階に着きました。今度は
大ぜいの人が乗ってくるので、二人とも下りま
した。しかし、今度は一階のエレベーターの
前で。階数のボタンを見ます。
「なあ、じゃ、二階は本当は一階なのか?」
ヌウが目を丸くさせて聞いてきます。
「そうだよ。外から来て一つ下がるのが地下
一階なら、一つ上がるのは二階じゃなくて一
階だよ」
ボノは目を大きく開きます。
「ということは、二階だてバスは本当は一階
だてバスなんだ!」
ヌウがとびはねます。
「百階だてのビルは、本当は九十九階だてな
んだよ!」
ボノもぴょんぴょん、とびはねます。
二人は大発見をして大はしゃぎです。
「あっ!」
ヌウの動きが止まりました。
「どうした?」
ボノもつられて止まります。
「なあ、おれたちさ、あの一階のおくの部屋で
遊べるよ」
ヌウが顔いっぱいに笑います。
「何言ってるの、ユッコおねえさんと約束し
たじゃないか」
ボノが落ち着いて、首を横にふります。
「だから、何を約束したんだよ」
「一階のおくの部屋に入っちゃいけないって
……あっ!そうか!」
ボノが目と口を大きく開けました。
「だろ?ここは一階じゃないんだよ。ゼロ
階なんだよ。だから、あの部屋に入ってもい
いんだよ」
「ゼロ階の部屋に入っちゃいけないって、言
われてないもんね」
ボノとヌウはにっこりして、おくの部屋に
向かって走りました。部屋に入るとくつをほ
っぽリ投げて、また、すもうを取り始めます。
どたん!ばたん!ヌウが投げたり、ボノが
たおしたりします。あまりにもにぎやか
なので。まちあい室のかんじゃさんたちが、
集まってきました。
二人がいっしょうけんめいにすもうを取る
すがたを見て。おうえん合戦が始まります。
「小さいの。負けるな!」
「大きい方もがんばれ!」
”ゼロ階”のおくの部屋のまわりは大さわぎ
になり、まちあい室はからっぽになりました。
「ちょっと、ちょっと、みなさん、何してる
んですか!」
大ぜいの人をかきわけて、ユッコおねえさ
んが部屋に入ってきました。
「こらっ!ヌウ!ボノ!ここに入っちゃダメ
って言ったでしょ!」
ユッコおねえさんはこわい顔をしましたが、
ボノとヌウはにっこり笑いました。
「何、笑ってるの!」
「おれたちは約束をやぶってないよ」
ヌウが、ユッコおねえさんの前に立ちます。
「一階のおくの部屋には入っていません」
ボノもならんで立ちます。
「えっ?何を言ってるの?ここは一階のおく
の部屋でしょ」
ユッコおねえさんが、ふしぎがります。
ボノとヌウは見合ってにっこり笑ってから、
ゼロ階を発見したことを発表しました。ユッ
コおねえさんはあきれて、頭をかかえました
が、まわりの大人たちは、大笑いで二人には
くしゅを送ります。
「ハハハハハ!」
もう一人、笑っている人がいました。院長
のヒゲ先生です。
「これは君たちに一本取られたな」
「院長先生」
ユッコおねえさんは、こまった顔をします。
「よし、分かった。かいそう工事が始まるま
では、君たちにこの部屋をかしてあげよう」
ヒゲ先生はあごヒゲをなでながら、ほほえ
みました。
「やったー!」
ボノとヌウは手を取り合って、ぴょんぴょ
んと、とびはねます。
「でも、あんまり大きな音を立ててはいけな
いよ。ここは病院だからね。それと、まちあ
い室の人たちも、いっぺんに見にきてはいけ
ませんよ。代わりばんこにして下さい」
ヒゲ先生の言葉をみんな、すなおに聞きま
した。
「もう、しょうがないわね。じゃ、あたしが
ぎょうじさんをしてあげるわ」
ユッコおねえさんが部屋に上がります。
「よーし!」
ヌウがしこをふみます。
「来い!」
ボノが両手をついてかまえます。
ヒゲ先生を始め、みんなが二人を笑顔で見
ています。