ニュースは2年前のこと…

 

事実関係がよくわからないので
今でも生半可なことは言えませんが
 
ひとつ確実に言えることは
「カンニング」は
直接の被害者の
存在しない罪
です。
 
もちろん
懸命に取り組んでる子にとって
不利だとか言えるかもしれませんが
そんなモノは僅かなこと
カンニングで最も不利益を
被るのは他でもない自分自身です。
 
化けの皮が剥がれるまでに
「なりすました自分自身」に
なれる努力を積み重ねない限り
きっと自分で自分を陥れるコトに
なってしまいます。
 
だから私は
「カンニング?ほんとうにバレずに
やり通せるならそれも実力じゃね?」
と生徒にずっと言い続けてます。
 
若い頃は義を通して
摘発してもいましたが
親子に叫ばれ恨まれ
挙げ句落ちた原因にまでされ
正しい道に帰ってくれるのは
ほんのわずかでした。
だから最近は
目だけ合わせてスルーしています。
 
こんなにコンプライアンスとやらで
雁字搦めにされている現場において
被害者のいない罪を断罪するのは
正直とても面倒なことなのです。
 
逆に言えば
その子の未来を考えるからこそ
敢えて強く知らしめ
深い反省を促してはったのでは
なかったか私は感じました。
 
自校の生徒を「ウチの子は」と
うれしそうに力強く話してくださる
先生方の顔が浮かびます。
 
ほんとうに子どものことを
考えてるのは誰だろう…
 
ずっとずっとそう思っています。