日本語って、とても美しい言葉のはずなのに・・・ | カロンのブログ

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匂いを表す言葉も「匂い」と「香り」があり、微妙な違いが表現出来たり、「桜」という花ひとつにも、満開の木々に華やかさを、散って行く姿には潔さを感じたり、淡い色にはかなさを感じたりと、それぞれの言葉に、様々な微妙に違う意味やニュアンスの違いを込められる日本語は、本当に美しい言葉だと思います。

それを感じ取る日本人の繊細さも、素晴らしいですし。

でも最近私の周りでは、余りにも聞き苦しい程の汚ない言葉が氾濫していて、うんざりします。
と言うか、聞いているこちらまで心がすさみ、壊されそうに感じます。

起きている時だけでなく、夢の中でも使う言葉。
生まれてから死ぬまで毎日毎日聞く言葉。

だからこそ、どんな言葉を使うのか、聞くのかって、とっても大切だと思うのです。

子供の頃から心のこもった美しい言葉に囲まれて育つのと、汚い言葉を聞きつづけて育つのとでは、人格まで変わってくると思うのです。

まっ白な心で何事も素直に感じられる子供だからこそ、美しく正しい日本語に接することで、大人になっても人の気持ちを思いやり、困難にも立ち向かって努力しようという豊かな心を持った人間になるのではないでしょうか。

今の日常には、余りにも心無い言葉が溢れ過ぎています。

どうしてもっと、こんなにも美しい言葉を持った日本人である事に誇りを持ち、日本語を大切にしようとしないのでしょう・・・。
余りにも悲し過ぎませんか?