メールポイントもあるよ!


懸賞サイトでもあるけど、『ゲームが一押しのサイト』です。
それも一日に何度でもチャレンジできちゃうので、たくさんポイントを稼ぐ事ができます。
その上、サイトを訪問すると1時間ごとに7,77,777,7777のどれかのポイントをGETできます。

とにかく時間さえあれば無制限にポイントが増えていきます。
その上、無駄なメールも来ない。
1日1回メールは届きますが、そのメールに記載されてるパスワードをサイト上で入力すれば、メールポイントが取得できるので、そのメールでさえ無駄になりません。
もちろん懸賞サイトですので、懸賞もあります。
資料請求するだけでポイントがもらえたりもします。
唯一の難点といえば、振込みが郵便振替口座(ぱるるではありません)のみにしか対応していないと言った点ですが、こちらも近くの郵便局で無料で開設できますので、ちょっとした時間さえあればこの問題もクリアーされるでしょう。

とにかく時間のある方向けでは一押しサイトです。

★100P=1円・支払いは30,000P~

★メール頻度 1日1回

★支払い口座 郵便振替口座のみ

★毎月20日〆 22~23日払い(手続き不要)30,000P以上になると自動的に換金されます。

★振り込み手数料 1500P(15円)

★紹介ポイント 紹介された側がメールポイント・通常ポイントを獲得すると

           その半分が紹介者にポイント加算されるシステム。

※実際に私も入金を確認できました。

 「今度、そのオ○ンコの写真を撮らせてくれない?2万円あげるから」


オジサンはそう言いました。


私は断るすべもなく、ただ頷くのみでした。


 「ここじゃお母さんがいつ来るかわからないから、あの農道に行って撮ろうね」


オジサンは手帳を広げ、予定を書き入れていました。


一体どのように書いていたのだろう?




その日はオジサンとお店から少し歩いた所にある駐車場で待ち合わせをしました。


私が助手席に乗り込むと、オジサンは目的地の農道へ向いました。


途中の信号待ちの時には待ちきれないのか、私のスカートの中に手を入れてきたりしていました。


目的地の農道は夏だと洗車をする車が多く停まっていますが


冬の今ごろはほとんど車も通っていませんでした。


オジサンは交差点と交差点の間くらいの場所に車を停めると


助手席に座った私ごと座席を倒しました。


そして私のスカートを捲り上げ、パンツの上からアソコを撫で始めました。


私は何度かオジサンアソコをいじられた事がありましたが


気持ちいいとかそういう感覚はなく、この時もただおしっこがしたくなってきました。


オジサンにその事を告げると、車のドアを開け


 「見ないから外でしておいで。」


と言いました。


確かにそこは農道で近くにお店などもなくトイレを借りたくてもどうしょもありませんでした。


私は仕方なく車の陰でおしっこをしました。


車に戻るとオジサンは私を後部座席に座らせました。


そして裸になるように指示をし、私を後部座席の真ん中に座らせ


両足を運転席と助手席の背もたれにひっかけさせました。


これでまだ毛も生えていない私のアソコは丸見えになってしまいました。


私は恥ずかしくてオジサンの顔を見ることができませんでした。


しかしオジサンは丸見えになった私のアソコを明るい光の中、じっくりと覗き込んでいました。



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※以前、書いた記事を再度書き直しました。

その日以来、私はオジサンと二人きりになるのを出来るだけ避けるようになりました。


しかし、所詮大人には敵いません。


オジサンはわざと母の留守の時を見計らって来るようになりました。


何度も居留守は使いましたが、母の手前、毎回という訳には行きませんでした。


相変わらずオジサンは二人きりになると私を撫でまわしていましたが


なんとなく私に危害を加えない?ような気がして特にひどい抵抗もしませんでした。


慣れとは恐ろしいものです。


しかし、オジサンは段々と行動がエスカレートしていきました。


ある日、オジサンは私をカウンターのイスに座らせました。


いつもと違う事を言われ、これから何が起こるのか少し不安になってきました。


するとオジサンは、スカートの中に手を入れ、私のパンツを脱がそうをしたのです。


さすがに私も驚いてスカートを手で押えましたが、既にオジサンの手はスカートの中。


 「見るだけだから何もしないから。」


と言われ、抵抗する手を弱めてしまいました。


私の抵抗が弱まるとオジサンはスカートをめくり、アソコを丸見えの状態にしました。


私は恥ずかしさのあまりオジサンを見る事が出来ず、ずっと横を向いていました。


しかしながら、当時私は中学1年生。


まだ初潮も来てなくて、アソコも毛がポツポツと生え始めてきたかどうかといった所でした。


オジサンはそういうのが好きなのか、アソコをもっと見やすくする為に


足を広げさせて、じっくりと観察をしていました。


そして満足すると、いつも通り1万円を私に握らせ、こう言いました。


 「今度、そのオ○ンコの写真を撮らせてくれない?2万円あげるから」


最初の時に拒絶する道を断ってしまった私には、道は一つしかありませんでした。


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※以前、書いた記事を再度書き直しました。

オジサンの行動はさらにエスカレートしていきました。


徐々にスカートの中に伸びてきたオジサンの手はついに突き当たりに達しました。


それ以上、奥へは進む事ができない・・・パンツの上を撫でまわしていました。


残りの片方のオジサンの手は、私のセーターを捲り上げ


まだ未発達な・・・やっと膨らみ始めた胸の乳首をいじり始めました。


まだ初潮も来ていない、未発達な体の私にはこれらの事が苦痛にしか感じませんでした。


しばらくオジサンは私の体を撫でまわしていましたが、始まった時と同じように


突然、私の体から手を離しました。


そして自分の上着の内ポケットから財布を取り出すと1万円札を1枚抜き取り


私に渡しました。


私は無意識に拒絶をしましたが、オジサン


 「いいから、いいから」


と言って私にお金を押し付けました。


それでも私は


・・・このお金は受け取ってはいけない・・・


と無意識に思い、再びオジサンに返しました。


そこに母の帰ってきた気配がしたのです。


オジサンは再び私の手に1万円札を握らせてしまい


私が返す間もなく母が入ってきてしまいました。


それで私はオジサンに1万円札を返すことができなくなってしまい


母の顔もまともに見ることができず、すぐに自分の部屋に逃げ込んでしまいました。


頭の中はパニックを起こしていて、何が起こったのかを理解していませんでした。


ただ、手に握らされた1万円札を見つめる事しかできなかったのです。


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※以前、書いた記事を再度書き直しました。

母の留守中にやってきたオジサン


いつもと同じように私たちは他愛ない話をしていました。


そんな無防備な私の手をオジサンは突然、両手で握り締めたのです。


私は咄嗟のことで何が起こったのかを理解できませんでした。


思わずオジサンの手を見つめてしまいました。


オジサンの片方の手は私の右手を握り締め、残りの片方の手で撫でていました。


それもとてもいやらしい手つきで・・・


よく、母の手を撫でていたあの手つきです。


子供ながらに、いや子供だったからこそ、とてもいやらしい行為だと思っていました。


そして、突然の事に頭は真っ白になり、体が固まってしまってる私をよそに


気がつけばオジサンの片手は私の膝に移動していました。


そして、今度はスカートの中の太股を撫ではじめました。


その手の動きはとても執拗に、何度も太股を往復していきました。


その上、徐々に奥へ奥へと進んで行ったのです。


徐々に私もこの状況を理解しはじめました。


・・・逃げなくては!・・・


しかし、その思いと裏腹に


・・・もし私が逃げ出して気を悪くしたオジサンが店に来なくなったら?・・・


それを考えるとやはり逃げ出す事は出来ませんでした。


しかし逃げ出す気配のない私を見て、オジサンの行動はさらにエスカレートしていったのでした。


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※以前、書いた記事を再度書き直しました。

スナックのママをやっていた母。


そんな母のスナックに足しげく通っていた、不動産会社社長をしていたオジサンがいました。


そのオジサンは60歳少し手前くらいのちょっと小太りな体格。


東京からわざわざ週に2~3日は通ってくれていました。


1人で来る事も多かったけど、お客さんを連れてきてくれる事も多かった。


バブル期だったせいか、不動産会社と言えば金回りのいい職業の一つでしたし


実際このオジサンもとても羽振りが良かったです。


このオジサンのおかげで母のお店が続けていけたと言っても過言ではありませんでした。


母の店は夕方6時くらいから開いていたのですが、このオジサンは昼間もよく遊びに来ていて、


時には母や私、その他母の友人、店の常連さん達とあちこち遊びにも行っていました。


母がゴルフを始めたのも、このオジサンの勧めがあったようで、一緒にラウンドしたりもしていたようでした。



そんなある日。


私が中学1年生くらいの頃でしょうか。


いつものように昼間、オジサンはやってきました。


が、生憎と母は買い物に言っていて留守でした。


今までにもこういうった事は何度もあり、店内で待っててもらうように母に言われていたので


この時もオジサンを店に招き入れ、慣れないながらもお茶を出しました。



しかし・・・この後、オジサンはいつもと違う行動に出たのでした・・・



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※以前、書いた記事を再度書き直しました。


名前の通り

「CMを見るだけでポイントが貯まるサイト」です。

最初の会員登録の際に選択したジャンルから選ばれたCMが届いて、それを見るだけでポイントが貯まっていきます。

新着CMはメールでお知らせが来るから見忘れることもありません。

もちろん見たくないCMは見なくてもいいしですし、自分で選択できるのもいいですね。

同じCMを20時間以上経過すれば見ることができます(一部を除く)が、取得できるポイントは徐々に下がっていきます。

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しかも携帯メールが届く時間も限られ、通数も決められているので頻繁に届きすぎると言う事はありません。

唯一の難点は現金化にしても商品化にしても手数料分のポイントが高い気が…

でも簡単にポイントが貯まるから仕方ないかも。

★1.4P=1円・支払いは2,800P~(商品交換は2,858P~)

(ポイント交換サイトのレートが0.7なので、ちょっと複雑かも…2,000P~交換可能となっていますが、実際は上記記載のポイントがないと交換できません)
★メール頻度 1日0~数回

★支払い口座 ジャパンネット銀行

★翌月10日以降

★振り込み手数料 800P

(月間振込み上限2,800Pまで)

★紹介ポイント 50P

中学生に入学し、まずは部活を決めなければなりませんでした。

私の通ってた学校は部活は強制入部だったのです。

まずはバトミントンが好きだったのでバトミントン部に体験入部しましたが、あまりのキツさに1日でやめました。

1ヶ月間くらい体験入部の期間があったのですが、それ以降はどこの部活にも参加せず。

気が付けば翌日が締め切りになっていました。

どこにも体験入部しなかったおかげで、朝登校すると教室には誰もいなくて、いつも窓際から外を眺めていました。

ちょうど教室の脇には体育館とその隣にテニスコートがあり、朝練をしているテニス部員をボーっと眺めていました。

結局、どこの部活に行きたいとも思えず、入部届はテニス部にしました。

入部してみると小学校の同級生がいたりして安心しましたが、体験入部を全くしてなかったので、部活の厳しさを入部してから知り、かなり後悔しました。

とにかく1年生は球拾い&走り込み&筋トレ&素振りしかありません。

毎日毎日、炎天下の下でも寒い雪の降った翌朝でも行いました。

自分で言うのもなんですが、私はすごく真面目だったので(実際は不真面目に出来るほどの勇気がなかった)、あまりの暑さに1年生が全員サボり、上級生も3人しか来なかったような日にも律儀にきちんと部活に行きました。

その辺の真面目さを買われたのか、先輩達にはかなりウケが良かったのですが、やはりそうすると同級生達にはひがまれたりもしました。

表面上は仲良くやってましたけどね。

結局、何のためにやっていたのか…成績は地区で常にブービーって感じでしたけどw


部活以外の面では、小学校の時に仲良くしていた子が二人ともヤンキーちっくになってしまい、その関係でそれ系の人たちにも気軽に声をかけられたりしました。

私はなるべく近寄りたくなくても廊下とかですれ違うと声かけられて…なんでなんだろう?w

私のあだ名のせいなのか?よくわからないけど^^;

クラスでは目立たない方だったと思います。

中学3年生の時以外はw

3年の時は女子のグループは大きく別けて3つに自然になっていたのですが、気が付けばその一つのグループ、しかも一番人数の多い中のリーダー的存在になってました。

これはなぜなのか、ものすごく自分でも不思議です。

この時が一番、O型らしい性格をしていたみたいです。

とにかく良く笑っていたな。

何かが吹っ切れた…まさにそんな感じだったのかもしれません。

それはなぜか?

今になれば、あれなんだろうなぁ…って感じの心当たりがありますが、それは後ほど。



私が生まれる前はワニとノラ猫?を飼っていたらしい。

でも私が生まれるにあたり、祖母が反対をしてワニと猫はどこかへもらわれていった。

そしてやってきたのがインコ。

とにかく増えまくっていた…

その後は縁日で掬ってきたミドリガメ(本当はアカミミガメって種類らしい)も飼ってたが、これはまた逆に大きくなりすぎてしまい、その後飼った犬と同じ体重である2kgあったw

その次に飼いだしたのがハムスター。

これは増やそうとつがいにしておいたのに全然増えなかった。

鼠算式に増えるはずだったのにw

しかも旅行から帰ってきたら死んでいた。

エサも水も充分残っていたので、静かな環境にストレスでも感じたんだろうか?

同じくその後、引っ越した先で飼っていたインコも母の実家から帰ってきたら死んでいた。

どうも旅行等に出かけるとペットが死んでしまうらしい。

やはり普段と違う生活環境に問題があるのだろうか?


小学校5年か6年の時にお客さんから子犬をもらった。

血統書付きのポメラニアンだった。

これがまたかわいくて家族中でネコっかわいがりしていたのだが、結局この家を引っ越す前に亡くなってしまった。

もともと生まれながらにして心臓が悪く、だから体もかなり小さくて体重は2kgしかなかった。

ずっと病院通いをしていた気がする。

犬に母親がご飯をあげる係、父親が遊ぶ係?、そして私が一番損な役回りの叱る係と自然と決ってしまった。

だから一番懐いていたのは母親w

母親が亀に話し掛けたりしようもんなら、犬は嫉妬して母親の足元で吠えまくりww

かなり嫉妬深かったが、自分は誰彼かまわず尻尾を振りまくっていて、一度なんてちょっと目を離した好きに自宅前でさらわれてしまった。

もう家族中で泣きながら探しまくったが見つからず、あちこちに張り紙をして、数日後、トリーマーのお店の人から連絡があって、それらしい犬を見たお客さんがいると… 結局それが飼っていた犬だったんだけど、どうやら行方不明の間に子供にかなりいじめられていたらしく、極度の人間不信に陥っていて、さすがに母親にも噛み付く始末だった。

しかし、1年も経たない内にコロッと忘れてる、単純な犬でもあったがw

散歩に連れて行けば100メートルも歩けば充分で、あとはもう歩きたくないと座り込みを始める。

無理に引っ張っても座り込み続け、ちょっとでもかがんでしまうと膝に飛び乗ってきたw

それだけの元気があるなら歩けよ。。。

心臓が悪かっただけに無理もさせられず、結局体力もつかず、余計寿命を縮めたのかもしれない。

食事は基本手に人間と同じようなものを食べていたが、一度口で噛み砕いてやらないと食べない手のかかる犬だった。

本当に一人っ子の私から見ても甘やかされていた犬だw

そんな犬も亡くなる前々日くらいからどうも心臓に負担がかかっていたみたいで、冬で寒かったからかも。

なんとなく様子がおかしいと思いつつ、ほって置いたらどんどん悪化し、気がついた時には手遅れだった。

亡くなる最後の日、医者にも見離され、明らかに辛そうな犬を見てバイトを休もうとしたんだけど、バイトを代わってくれる人がいなくて、休めなかった。

それでバイトに出かける少し前になったら、突然、犬が動くのもやっとの体で私の膝の上に乗って、黙って眠り始めた。

いや、実際には寝ていなかったとは思うが…結局、後から思えばこれが最後の挨拶だったんだろう。

私が寒いだろうと布団をかけてあげると、その布団を嫌がり一度は膝から降りるのに、再びわざわざ膝の上に乗ってくる。

そのうちに私もバイトに行かなくてはならなくなり家を出たが、バイト中に亡くなってしまった。

それを知らずバイトが終わった後、すぐに自宅に電話をしたのだが、両親は私に亡くなった事は告げなかった。

帰宅してからそれを知ったのだった。


亀もその後の引越しの直後に亡くなり、それ以来、我が家ではあまりペットを飼わなくなった。

現在飼っているのはメダカのみである。

私が生まれた時は定かではないが、物心がついた時には父親は左官業をしていた。

母親は専業主婦。(時々付き合いだかで内職をしていたみたい)

小学生の時にたまたま父親が働いていた現場が近くで、学校が終ってから自転車で見に行った記憶がある。

普通に働いてましたw

父親は東京都出身。母親は福島県出身。

私が生まれた時には父方の親戚は誰もいなかったので、仏壇の中でしか父方の祖母の顔は知らない。

祖父は…どうしたんだろう?聞いたこともないや。

母方は数年前に祖母が亡くなったが、他は祖父や叔父、叔母とも健在。

従兄弟は既に結婚し、子供もいる。

孫の中では私が一番年上だったんだけどなぁ。それもダントツでw


我が家はアパートで生活していた。

私が小学校に上がると二部屋借りて、一部屋を私の遊び部屋にしてくれた。

でも、ほとんどこの部屋で遊んだ記憶がないw

おもちゃ置場と弾けないエレクトーンがあったのと、半分は物置だった気がする。

でも日当たり良かったなww

我が家の目の前が駐車場で、この駐車場でとにかくよく遊んだ。

近所の子とビニールプールで遊んだり、一人でゴム段したり…

基本的には父親は雨の降ったときしか休みがなくて、母親は毎日のようにご近所様でお茶をしていた。

私が小学校から帰ってくると必ず机の上に算数の計算問題があって、それを解いてからしか遊びに行けなかった。

が、母親は常に不在w

バカ正直な子供だったな、今思えば。


小学校4年生の時に引越しをし、一転、母親はスナックを始めた。

それがその家に住む為の条件だったとは後に知った話だが。

おかげで今までの環境から一変した。

母親は夜中まで仕事をしなければならず朝は起きたくないw

そこで、あれ程気にしていたはずの私の髪もボブカットにばっさりと切らされた。

朝から三編みなどしてる暇はないそうで。

長い髪にしたいなら自分で三編みできるようになってからにしなさいと…

結局、この後、中学2年生後半くらいまではボブカットで過ごす事になる。


それはさておき、とにかく夜中までカラオケがかかる、かかる。

それでも近所迷惑も考え、夜中の12時までと周りの家と大家さんが協議して決めたらしいのだが…

まぁ、多少オーバーしてたかな?w

おかげさまで今でもタイトル知らなくても演歌は結構知ってます。

タイトル知らないからカラオケでは歌えないんだけどww

学校から帰ってきて、外で遊んできても必ず5時までには戻り夜ご飯を食べる。

そして二階の我が家に行き、父親と一緒にテレビを見ていた…

自分の部屋にもテレビはあったけど、ほとんど寝に行くだけだったかな?

父親の部屋でテレビを見つつ本を読んでるってのがほとんどだった。

中学生になると塾に通わされたので、帰りが遅くなった。

塾から帰ってきて外からお店の様子をうかがい、お客が入ってなければ店から入り、お客が入っていれば裏口が直接私の部屋に通じていたので、裏口から部屋に入った。


その後、ここには15年ほど住み、1年程別の場所で借家暮らしをしたが、その後は今の家を購入して引っ越した。

ちなみにこの家を買ったのは私である。


超後悔中^^;