義母はとてもお料理上手で、朝から着物を着こなす

憧れの女性でした。

 

同居をする前から、私と義父母の関係は良好だったので

東日本大震災を機に同居を求めらた時にも

さほど躊躇はありませんでした。

 

 

同居をはじめてからの1年間で、私は音をあげました。

味付け、子育て、掃除の仕方など

義父母の厳しさに絶えられず

『こんなはずじゃなかったかった』と

長女と愛犬を連れて、家出をしてしまうのです。

 

 

勿論。

夫は味方になってくれました。

味方になってくれたからこそ、強めの口調で義父母に釘をさす。

 

義父母は反論せずに、ただうなずいている。

夫の行為は、嬉しいというより

告げ口をして、こらしめているようで

心が痛いだけでした。

 

家出の2週間、妹の家にお世話になっている間、

愚痴をこぼし続け、『絶対に離婚する』とくだをまき

落ち込む日々。

 

このままで良いわけがないと

どうすれば同居がうまくいくかを考えました。

そして

ひねり出したアイデアを試してみようと決心!

居心地がよかった妹家を後にし、帰宅しました。

 

義父母に歩み寄る

 

出した答えは『歩み寄る』です。

義父母の尊敬できるところを自分のものにする。

義母からは料理の仕方を、義父からは掃除の仕方を

徹底的に教わりました。

 

このあたりの詳細は、

出版した『じいじ、最期まで看るからね』に

事細かく書いています(笑)

 

そこから本当の家族になれた気がしました。

しかし、

次々に義母の病気が発覚、転がるように体調が悪化し、

2017年のゴールデンウィークに亡くなりました。

 

 

 

目標にしていた長女のランドセル姿、

次女の幼稚園入園を見とどけてから。

 

(大好きな義母にご飯を食べさせる長女)

 

 

 

亡くなるまでの1週間。

病室では、認知症が進行しつつある義父が

義母の浮腫んだ足を揉んだり

『なにも心配はいらないよ』と声をかけたり、

私の憧れている夫婦像そのものでした。

 

(腹水がたまり、浮腫んだ足をさする義父)

 

 

 

次女は。

義母のベッドへ潜り込むと、歌を歌ったり

思いっきり甘えたり、いつものようにはしゃいでいました。

 

(義母に寄り添う次女)

 

 

義母は最期まで本当に幸せそうでした。

この日から数日経って息をひきとります。

 

 

今も私達を見守ってくれている義母。

美味しいお料理とチャレンジ精神を

しっかりと私達に残して…

 

 

ばあば、ありがとう

これからもずっとみていてね♡

 

 

 

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初出版

『じいじ、最期まで看るからね』

よろしくお願いします♡

 

CCCメディアハウス

 

 

 

 

 

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