今でも刺さっている兄の言葉

​ 私は、教室という劇場の中で、いつも「台本」を失くした端役のような心地でいた。周りの女の子たちが夢中で語り合うアイドルの名前も、昨夜のテレビ番組のハイライトも、私には遠い異国の言語のように響く。

  鏡を見れば、そこには何の色も持たない、所在なげな中学生の私が立っていた。


「私には才能が欠けているんだ」


そう信じていたし、物事の全てを理解しているつもりだった。流行を追えないことも、垢抜けない自分も、すべては「神様の運命の配分ミス」のせい。そんな中途半端で出来損ないの自分が惨めだと思っていた。

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 対照的にあの頃の私にはまばゆい光を放つ兄がいた。

何をやらせても完璧で、誰からも一目を置かれる存在。成績優秀。サッカー部部長。生徒会長。顔よし性格よし。信頼も厚い。

 周囲の大人や兄を知る人たちは、入学当初同じような期待の眼差しを私に向けた。沢山の人が私を見定めにきた。次第に期待に値しないことを知り、私の周りからいなくなった。

そして最後には皆口を揃えて、気の毒そうに、無邪気にこう言った。


「お兄さんに、全部才能を持っていかれちゃったね」


 ​その言葉は、当時の私にとって唯一の救いだった。

そう、私のせいじゃない。お兄ちゃんが全部持っていったから、私の手元には何も残っていないのだ、と。

​けれどある日、私のその卑怯な隠れ家は、お兄ちゃん自身の手によって跡形もなく壊されることになる。

​いつものように、自分の不運と才能のなさを嘆いていた私に、お兄ちゃんは冷徹な、けれど透き通るような声で告げた。


「ただ嘆いているだけで、君は何か努力した?」


​心臓が、どくりと跳ねた。


「誰だって、最初から持っていたわけじゃない。センスも才能も、努力の質や量にたとえ差はあれど、その人が自らの手で手に入れたものだ。それを『才能』という言葉で片付けて羨むのは、他人が積み上げてきた時間を踏みにじることだ」


​お兄ちゃんの瞳は、真っ直ぐに私を射抜いていた。


「努力のできない人間が、才能やセンスという言葉を嘆く資格はない」


​その瞬間、私の中に鋭い楔が打ち込まれた。

痛かった。けれど、その痛みと共に、目の前の霧が晴れていくのがわかった。

​私は、お兄ちゃんが夜遅くまで机に向かっていた背中を知っていたはずだった。彼がどれほど自分に厳しく、一歩ずつ足元を固めてきたか、見てきたはずだった。それなのに、私は「才能」という都合のいい言葉で彼の努力を塗りつぶし、自分が努力しないことの免罪符にしていたのだ。


今でも、鏡の中の自分に溜息をつきたくなる夜はある。

本当に私の中には才能の欠片ひとつもないからだ。

けれど、胸の奥に刺さったあの日の痛みが、私を奮い立たせる。

 不器用なりにこの世の中で、もがいてみよう。

才能やセンスがないからできないという免罪符の言葉を、私はもう口にしなくなった。