折れない心 ~胸腺腫を手術したときの日記~

折れない心 ~胸腺腫を手術したときの日記~

私は浸潤性の胸腺腫又は胸腺癌と告げられ、不安に押しつぶされそうになりました。
この日記は、そのとき自分の気持ちを整理するために書いたものです。

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退院の日、朝起きると、曇り空だったが、しだいに晴れてきた。私の病気もそうあって欲しいと願うばかりだ。

 

病室のベットから外を見ると、桜の木々が薄いピンクに色付いている。つぼみが膨らみ、早いものはもう花が咲き始めているようだ。この病院のすぐ近くには、全国でも有数の桜の名所がある。今年は10連休なので、例年以上に多くの観光客がやって来るだろう。キレイな桜の花は、ここを訪れる沢山の人の心を癒やしてくれるはずだ。

今回の入院で私は、「人生の終わり」という、できれば目を背けたいことと正面から向き合うはめになった。誰もが必ず通る道とはいえ、つい先日まで普通に生活していたわけで、心の準備ができているはずもない。突然、突き付けられた厳しい現実を簡単に受け入れることはできなかった。

この日記には、自分が病気を宣告されてからメンタルを立て直し、退院するまでの経緯を記した。ブログにアップしたのは、私と同じような境遇の人がこの日記を見て、少しでも気持ちが楽になったり、気持ちを整理する上でちょっとしたヒントになればいいなと思ったからだ。

振り返ってみると、先ず、私の場合、病気を告げられて初めにやったのがインターネットで色々と調べることだった。今にしてみると、そのとき得られた情報の中には、間違っているものや古いものも含まれ、結果的にあまり役に立っていない。やはり、病気の情報は、信頼できる主治医を通して把握するべきだった。

また、これからどうしようと先々のことを色々と考えてはみたが、これも自ら悪いシナリオを何通りも描いているだけで、その多くは、将来を含めて現実となる可能性は低いだろう。特に、私は胸腺がんを恐れていたが、蓋を開けてみると病理の結果は全くの想定外だった。

このように、自分の行動を省みると、メンタルが不安定のときは、何をやっても本当にろくなことにならなかった。この時の行動としては、何もしないで、じっと自分の内面に目を向けること。これが正解だったと思う。

では、自分の内面とどのうようにして向き合うかについてだが、私の場合、子供のことを考えると自然と涙がこぼれた。病気になる前は、すぐ涙を流したり、感情を取り乱すようなタイプではなかったので、戸惑いはあったが、これこそ自覚していない本当の気持ちなのだろう。

父親として子供たちを一人前に育て上げたい。いつも側で見守って何か困っていれば手を差し伸べたい。そういった強い思いが根底にあり、それができなくなることを考えると、感情がコントロール不能となり、極度の不安や落ち込みに押しつぶされそうになった。

しかし、このように、もがき苦しむことは、立ち直るために欠かせないプロセスで、どうしても避けて通れないものらしい。そうであるなら、悪あがきせず自分の本当の気持ちを見つめ直し、それを素直に認めることが大事なんだと思う。

私の場合、とにかく早く精神状態を安定させたくて、頭だけ先走って色々なことを考えてみたが、それに心が追いつかず、置いてきぼりになってしまった。もっともらしいことを考えても、それを自分の心が受け入れられるかどうかは別の話のようだ。

そして、今回の件で一番大事だと思ったのは、病気のことを悲観し、不安になり、落ち込んだ後の気持ちの切り替えをどうするかだ。常に悪いことだけを考えていると健康な人でも体調を崩すだろうし、すぐ近くに満開の桜が咲いていても、それに気づくことはないだろう。そんな勿体ないことはない。

やはり、最後の瞬間までどうやって人生を充実させるかという方向に、どこかで気持ちをシフトしていくことが大事だと思う。そのためには周りの助けや支えが、とても重要だということを知った。そして、そのことを肌で感じ、多くの人へ感謝する機会が増えたことは、今後、私が自らの人生を豊かにしていく上での大切な糧になると確信している。

これから先、私は、何年生きられるか分からないが、桜の花をみて素直にキレイだと思う気持ちを大切にしたい。そして、その気持ちを大切な家族と共有し、少しでも長い間、積み重ねていけたらいいなと思う。