娘と本音の会話 笑顔に

 「入院した方がええんかねえ」。森本美智子さん(当時65歳)はつぶやいた。亡くなる1カ月前の昨年2月。広島市佐伯区の自宅を訪問していた看護師が、沈んだ様子の美智子さんに声を掛けたときのことだ。

 「もう家事もできんようになって。娘は忙しいのに、迷惑掛けれん…」。美智子さんはぽつり、ぽつり、揺れる思いを語り始めた。娘たちに心配させるまいと、一人、悩んでいた。

泊まり込み介護

 おととしの春に末期の胃がんと分かり、自宅療養を始めて10カ月。安佐北区に住む長女真弓さん(40)は夜は実家に泊まり込み、大阪にいる次女祐加さん(35)も仕事を休めるときには帰ってきた。夫亡き後、一人暮らしをしてきた母を、姉妹で支えていた。

 退院後は手術のせいもあって美智子さんの体力は落ちていたが、住み慣れた自宅で徐々に回復。ゴーヤーで緑のカーテンを育てたり、庭いじりの合間に近所の人と話したり…。娘の分の料理や洗濯もこなした。病院では消えていた生き生きとした表情がよみがえった。自分を取り戻すかのようだった。

 だが、がんは美智子さんの体をむしばんでいった。徐々に食事が喉を通らなくなった。家事も、ベッドから落ちた布団を上げるのも難しくなった。美智子さんは母親らしいことができなくなった自分に負い目を感じていた。

 真弓さんは、療養を支えるスタッフを通じて母の思いを知った。自分も祐加さんも、母を最期まで家で過ごさせてやりたいと思っていた。できるだけ一緒にいたい。母もそれを望んでいるはずだと。それなのに―。

わだかまり消え

 数日後、ちょうど親子でいる時、コールメディカルクリニック広島(西区)の佐々木千穂看護師が「お母さんにずっと家にいてほしいよね」とさりげなく話題を振ってくれた。「家におってくれた方がいいよ」。真弓さんは自然に思いを伝えられた。母は穏やかにほほ笑んだ。うれしそうだった。

 娘の言葉を聞いて、美智子さんのわだかまりは消えたようだった。亡くなる9日前のひな祭りの日。コールのスタッフが開いてくれたパーティーでは、虹色のアフロのかつらをかぶった主治医の姿に、久しぶりに声を出して笑った。それからも、親子で思い出を振り返り、今まで互いに知らなかったエピソードも語り合って、日々を過ごした。

 娘2人が寄り添った1年にわたる在宅療養生活。医療や介護のスタッフも毎日のように自宅を訪れ、気遣ってくれた。「母の楽しそうな表情は、家族だけじゃ引き出せなかった。感謝の気持ちでいっぱいです」。お母さんの笑顔が、真弓さんの宝物になっている。(余村泰樹)

家族の負担心配 85%

 日常生活を送るのが難しくなると、家族の負担を心配し、自宅療養を諦める人も多い。

 厚生労働省の終末期医療に関する2008年の調査では、脳血管障害や認知症で日常生活が困難になり、高齢で治る見込みのない場合、6割の人が病院や老人ホームでの療養を希望した。理由は「家族の介護の負担が大きい」(85・5%)がトップ。「緊急時に家族に迷惑を掛けるかもしれない」(53・5%)「最期に痛みなどに苦しむかもしれない」(31・0%)と続いた。

 コールメディカルクリニック広島の佐々木千穂看護師は「家族が全てを抱え込み、大変そうな姿を見ると患者もつらい。介護する家族のサポートも大切」と指摘。医療や介護サービスなどをうまく活用してもらい、家族の負担を軽減する環境づくりを心掛けている。