昨今、新聞やネットの記事で「パワー半導体」という言葉が頻繁にでてきます。 

電気を効率よく流すパワー半導体は省エネ性能に優れ、脱炭素社会構築のためには欠かせない技術です。 

とくに、EVが普及するにつれてパワー半導体の市場も拡大します。 

ゆえに、世界規模で設備投資が盛んです。 

ここでは、パワー半導体を詳細に取り上げます。 

次世代パワー半導体やパワー半導体分野における日本企業の立ち位置、競争相手の欧米企業についても詳細に解説します。 

ぜひ最後まで読んでください。 

 

 

EV普及で市場規模が拡大するパワー半導体 

脱炭素社会に向かってEVの存在感は増すばかりです。 

トヨタ自動車もEV戦略を加速させています。 

2022年4月7日に開かれた経営方針説明会で佐藤恒治社長は「2026年までに10車種の新型EVを投入し、年間販売台数を150万台に引き上げる」と宣言しました。 

 

また、2022年4月に「次世代パワー半導体とシリコンパワー半導体の世界市場はEVにけん引され、2035年には2022年比5倍の13兆4302億円規模に達する」と富士経済は発表しました。 

世界規模でパワー半導体への投資が始まっているのです。 

 

パワー半導体とは? 

パワー半導体は電力変換器のキーデバイスです。 

半導体は電気を通しやすい「導体」と電気を通さない「絶縁体」、両方の特性を持った物質です。 

ゆえに、「電気を通したり止めたりするスイッチング」という動作がおこなえます。 

パワー半導体は特殊な半導体で、高い電圧や大きな電流を扱えます。 

大きな電力を扱うことから熱を発して高温となりやすく、それが故障の原因になります。 

そのため、発熱の原因であるパワー半導体自身の電力損失を少なくしなければなりません。 

 

さらに、発生した熱を効率よく外に逃がす工夫が必要です。 

以上の点からとても高度な技術力が要求されます。 

現在、パワー半導体が注目されている理由 

「そもそも、現在パワー半導体が注目されている理由は?」 

それは脱炭素が関係しています。 

自動車もガソリン車からEVへの転換が加速しています。 

ゆえに、高電圧で大きな電流を扱えるパワー半導体の需要が高まっているのです。 

 

また、インフレで電気代が値上がりしたのも理由の1つです。 

電気の無駄を極力減らせるパワー半導体の需要はますます高まっています。 

 

 

シリコンからSIC(炭化ケイ素)に変わるパワー半導体 

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SIC(炭化ケイ素)のメリット 

これからの自動車は電気自動車(EV)が主流になります。 

EVは電池に溜めた電気のみで走るため、航続距離を伸ばすためには電力を無駄にできません。 

また、充電時間の短縮もEVの普及に向けた課題でした。 

 

シリコン製パワー半導体の場合、前述した2点に対応できません。 

しかし、SICパワー半導体では電流のオンオフ時のスピードが速く、スイッチングによる電力ロスを減らせます。 

電力効率はシリコン製と比べて340倍です。 

ゆえに、省エネ性能に優れています。 

また、耐熱性や耐電圧性に優れているので急速充電にも耐えられるのです。 

SIC(炭化ケイ素)のデメリット 

前述したようにSICには大きなメリットがあります。 

しかし、現時点ではデメリットもあります。 

現時点ではパワー半導体部材をシリコンからSICに置き換えた場合、価格は2倍から3倍ほどに値上がりします。 

 

その理由はシリコンに比べてSICが扱いにくい素材だからです。 

とくに、インゴットの生成には高い技術力を必要とします。 

インゴットとはウェハーのもとになる塊です。 

具体的には、生成できるインゴットのサイズです。 

シリコンではメートル単位で生成できるのに対して、SICでは長くても10cm程度しか加工できません。 

 

これが原因で高コストになってしまいます。 

 

 

 

 

SIC分野への設備投資で遅れる日本勢 

欧米勢の積極投資 

これまではパワー半導体分野では日本企業のシェアが高く、得意分野でした。 

代表的な企業は三菱電機、東芝、富士電機、ロームの4社です。 

しかし、SIC分野への投資で先行しているのは欧米です。 

 

SICパワー半導体世界シェア40%のSTマイクロエレクトロニクスはイタリアのカターニャに工場を新設します。 

その額はイタリア政府からの補助金も含めて7.3億ユーロです。 

さらに、中国企業との合弁生産会社に30億ドルを投じることも発表しています。 

 

業界2位のウルフスピード、3位のインフィニオン・テクノロジーも積極的に設備投資をおこなっています。 

ウルフスピードは「世界中で65億ドルの投資をおこなう」と表明しています。 

同社が製造するSICウェハーの長期供給契約を結んだルネサスエレクトロニクス。 

そのルネサスエレクトロニクスから20億ドルの預託金提供を受けて投資に充てます。 

赤字が続く中でも果敢な投資姿勢を崩していません。 

 

3位のインフィニオン・テクノロジーもマレーシアの工場に最大70億ユーロの投資を表明。背景には約50億ユーロの新規案件獲得があります。 

政府や顧客も巻き込んで、次世代パワー半導体の覇権を握るための投資合戦が加速しています。 

 

欧米勢に匹敵する投資はロームのみ 

パワー半導体はシリコン製からSIC(炭化ケイ素)に変わりつつあります。 

前述したように欧米勢は果敢な設備投資をおこなっています。 

「対する日本勢はどうなのでしょうか?」 

 

端的に申します。 

日本勢の設備投資は欧米勢と比べて不十分です。 

三菱電機はSIC関連で熊本に新工場を建設します。 

しかし、その額は1,000億円程度です。 

 

富士電機も生産能力の増強を図っていますが、欧米と比べてその投資額は見劣りします。 

欧米に匹敵する投資を表明している日本企業は少なく、差をつけられる懸念があります。 

例外は世界シェア5位のロームです。 

現在はSIC世界シェア4%弱ですが、25年度以降の世界シェア30%以上を目標に掲げています。 

 

2021年から2027年の7年間でSIC関連に5100億円もの投資を計画しています。 

2030年には、SICパワー半導体製造能力を2021年と比べて35倍に引き上げます。 

次世代GAN半導体の可能性 

パワー半導体、「シリコンの次」に来る材料は? - PHILE WEB

電力の制御や変換を担い、電力使用効率を高めてくれるパワー半導体。 

EVなどで用途が広がるパワー半導体材料には、シリコンが長らく使われてきました。 

しかし、シリコン製には限界があります。 

それは電力損失低減です。 

その弱点を克服するために実用化が進むのがSICです。 

電力効率はシリコンと比べて340倍の高性能なSICパワー半導体。 

 

当分はSICパワー半導体が主流ですが、より電力効率を高めてくれる素材があります。 

それは窒化ガリウムを使用するGANパワー半導体です。 

そのパワー半導体を研究しているのが名古屋大学の天野浩教授です。 

天野浩教授は2014年に青色LEDの研究でノーベル物理学賞を受賞しました。 

 

青色LEDも主な材料は窒化ガリウムです。 

2つとも窒化ガリウムが主成分です。 

天野浩教授曰く、「実は素材としての性能はGANの方が高い」とのこと。 

「電力効率はシリコンと比べるとSICは340倍だが、GANは870倍にもなる。」天野教授は言います。 

 

しかし、GANパワー半導体には克復しなければならない技術的な課題があります。 

従来のシリコン製の基板では電流を横向きに流します。 

GANパワー半導体の場合、それが難しいのです。 

なぜならば、窒化ガリウムを用いるGANパワー半導体では基盤の面積が大きくなるからです。 

 

EVなどでは高耐圧性能が求められます。 

ゆえに、面積を狭くしたいのです。 

そこで用いられるのがシリコン基板ではなく、GAN基板です。 

「電流の流れる向きも横から縦に変えることで基板の大きさをコンパクトにできる。」と天野教授は言います。 

 

将来、炭化ケイ素に取って代わりうる可能性は大いにあります。 

 

 

まとめ 

この記事を執筆するためにパワー半導体について勉強しました。 

これからの半導体はパワー半導体が主流になります。 

現在は日本企業が欧米に比べて優勢を保っていますが、これからは厳しい戦いになります。 

前述したようにSICパワー半導体への投資で日本は劣勢です。 

 

より踏み込んだ設備投資が求められます。 

また、さらに先も考えなければなりません。 

GANパワー半導体などの基礎研究も同時におこなわなければなりません。 

「2050年にCO₂ゼロ社会を目指す」とCOP25では表明しています。 

 

パワー半導体が担う役割は大きく、重要です。 

日本企業もその波に乗り遅れてはなりません。 

 

 

 

参考 

 

パワー半導体市場、2035年には13兆4302億円規模に:SiCパワー半導体が市場をけん引 - EE Times Japan (itmedia.co.jp)