否定でしか作れない、現実。 | 革命的文学を新規開拓する、ネオ新感覚派の表現方法。作家山畑健の文化的ブログ

革命的文学を新規開拓する、ネオ新感覚派の表現方法。作家山畑健の文化的ブログ

文芸復興が主目的。ネオ新感覚派を求める、文学、読書好き、の人のための文化的ブログ。
革命的文章表現をテーマに、その創造と、その支援を目的としたい。
山畑健と言う本名で、キンドルで本を出している。文学、読書に関する底辺拡大の行動として、ブログを選んだ。

 これが、お前の理想か? いや、理想さえ持っていないのか? 世界をどう作る、どう仕立てていく、をなぜ、話さない。ただ、小ばかにした皮肉を言って、その場だけの激情で、腹を立てて、未来も、未来の子らも、彼らに橋を渡すことも考えず、何を守っているのかも分からないのに、先頭に立って、戦った気になって、ただ、否定だけをしている。

 戦う、とは、守ることだ。まァ、守っているのかもしれない。けれど、それがいったい、何なのか? 考えたことはあるのか? 本当は、何も守っていないくて、ただ、壊しているだけにすぎない、と知っているのか? 

 本気の言葉を吐いている、かもしれない。君に、嘘はないのかもしれない。けれど、何を守っているのか? を、どうして、真面目に考えない。君が守っているものが、このくだらない、社会で、くだらないからいいんだ、と言い切って、また、真面目を穢し、うさん臭い、の小手先のごまかしだけで、何とか、どうにか、自分だけが、結局脱する。

 やはり、守っているものは、自分でしかないのか? と言えば、初めからそう言っている、と言うかもしれない。

 じゃァ、何のために、怒ったのだ? 否定の文言を並べたのだ? 自分を守るためだけで、社会に向って、発言する権力が、君にあっていいのか? 

 僕は、理想的な世界にしたい、それだけだ。そのためだけに、動いてきた。そのためだけの発言をしてきた。けれど、現実を、左右するのは、君らの発言だ。君らが、変わらなきゃ、世界も、社会も、前も、未来も、歴史も、変わらない。

 くだらない、でいいんだ、と言うのなら、くだらないままいろよ。くだらないでいいんだ、と言うくせに、なぜ、時折、論理を企てる。そんなことで、他人を説き伏せようとするなよ。正義は、今、僕が握っているよ。君が握っているのは、敗北、でしかないよ。何を言っても、何をしても、敗北でしかないよ。

 それを、勝利に変えるには、君が、くだらないじゃいけない、と言うしかないよ。本当の世界に、情熱ある世界に、理想世界にするには、自我をズタボロにできるぐらいの優しさを見せつけて、真心を込めた言葉ないし、作品を作り上げて、世界に、示し、それに沿った行動をとるしかないよ。

 本気なら、いくらでもできるはずだ。今すぐ、ボランティアに、精を出しなよ。労働に、つくしなよ。上から見る、上から言う、だけじゃなく、下にいって、下の人の気持ちを直に、その心に映しなよ。

 そして、そこで得た、言葉を語りなよ。否定ばかりの言葉じゃない、言葉が、きっと、心に、芽生えるはずだよ。できないから、くだらない、でいいんだ、と言う。

 それで、何が変わるわけもない。そんな人間には、発言をする権利さえない、とは思わないかい? 正義あがるなら、思えるはずだ。君には、正義がないから、もともと、世直し的な発言をする、側じゃないんだよ。

 どんな、気にくわないことがあっても、黙って、笑顔で、素通りしなよ。

 世界には、資格、と言うものがある。資格がないものには、発言する権利もない。もちろん、憲法では、言論の自由と言って、すべて認められている。けれど、これは、この世界に生まれた、人として、認識できているか? の、憲法なんてものよりもっと、高等な、高貴な、法、だよ。僕らが、生まれた世界に、僕らで、認識する、権利なのだから。

 誰が決めたものでもなく、人として、認知しているべき、愛情のような、育っていく、心の優しさ、温もりだよ。

 くだらない、を基本にしている君には、他人を否定する権利なんて、資格なんて、ない、と思えが、正解、だと思わないか? 

 否定したければ、理想を持ち、理想を語り、理想に向かって努力し、理想に対しての苦労を重ね、それで、改めて、その場に立てよ。

 君が、そこで、愚痴を吐くようになって、ずいぶん、長い時間が経つが、何も変わらないどころか? みんな、どうせ、くだらないでいいんだ、で、すっかり、固定された観念が、染みついて、人を動けなくしてるよ。

 情けない。情がない。信念がない。信心がない。どれも、君の好きな、くだらない、ものばかりだ。