どこを行っているのだろう。ずっと、群れの向かう方に、体に埋められたレーダーに従って、海の中を回遊していたはずなのに。いつしか、どこを行っているのか? 分からない、状態になった。
僕は、正しいですか? 聞いてみた。
誰に?
そうだな。それも分からない。とりあえず、自分自身にだ。
それは、信じた方へ、だと言った。確かに、それだけを頼りに進んでいた。けれど、現状、そこがどこなのか? も分からない、ところを、泳いでいる。
泳がせてやっているんだよ。と誰か言っていた。それさえ、何の意味をなさないように、方向感覚を失っている。泳がせてやっている、と言うのは、目的を持っているから、通用する言葉だ。それが、感覚を狂った、魚では、何を目指しているのか? 何を打算しているのか? さえ、分からない。
ああ、海の水は、冷たい。はずはない。ずっと、ここだ。ここに生まれ、ずっと、回遊していたんだ。それは、とても、順調に。同じことの繰り返しでも、疑問さえ持たずに。満足の顔を忍ばせ。回り、回っていた。けれど、今、僕をここに留めるものはない。ここがどこで、だから、どうしろ、と指示する、体の指針がない。
生きている。それだけは分かっている。何をしている? それが分からない。何をすべきか? も当然繋がらない。糸の切れた凧、地上なら、そう形容されるだろう。
まん丸の瞳を、ぐるぐる回して、逆さまに打ち上げられている。
意図があった。そうだ。意図があったのだ。泳げているときは、ちゃんとした意図があった。それが、確かだったから、泳ぐのも気持ちがよかった。みんなのために、楽園を目指すのさ、何て言っていられた。それが、観念を損ねた。欠落した。
いやー、仲間の群れも今どこにあるのか? 分からなくてね。何て言っている。群れに帰る気はないが、泳ぐ指針がなければ、逆さまにぷかぷか浮いているだけだ。
けれど、完全に目が回っていて、正気を取り戻せそうに、しばらくない。
海は広いな、大きな。何だか、いい気持になってきた。しばらく、魚らしくなく、ぷかぷか、浮いているか?
さァ、理想の楽園は、海底数千キロにあるそうだよ。