負けない戦い。それが信条だ。敗北を喫した、と言った。それに対して、「一度負けてみたかったんだ」と答える。戦わない、と宣言した。ただ、情熱は、火の神のごとく。
燃え尽きちまう、と恐れる。「燃え尽きやしないさ。太陽だもの。太陽が燃え尽きるのは、人の永遠の時と変わらないだろう」と答える。「その時は、地球の死も一緒だ」と話す。
怒り、ではないのか? 「そんな子供だましではない。信念の炎だ。ちゃんと、ものを見て、ちゃんと、判断して、ちゃんと、損得も知って、それでなおかつ、燃えるのだ」と語った。僕は、炎の竜の剣を持っている。
何が大切かも分からず、ただ、その場にあるものすべてを、燃やし尽くすわけじゃない。大切なものを守るために、意志の塊になるのだ。人には、それが、青の炎に見える。だけのことだ。風に揺らめき、風ごときじゃ消せず、飛び火しても、それには、宿らない。ただ、ここにあるだけの、意志の炎。
悠々と、蒼天を突き破るかのように、昇り、光を集める。放ち、暗闇を切り裂く。慈愛の炎と、人は呼ぶ。燃やすのではなく、尽くすのだ。出し、尽くすのだ。そこにある、生命の、息吹、灯火、すべて、すべからく、出し尽くすのだ。
それが、与えられた使命のように、いや、自分で決めつけた宿命として、我立つ、ゆえに、我燃ゆる、だけのこと。野焼きのように、新しき生命を呼ぶ、祝言の炎として。その定まらぬ世界を、唯一に、肯定するように、火の粉を散らす。
熱は、鉄さえ溶かし、打ち付け、鋼に変える。より、強度の高き、利器の誕生だ。
戦の神にあらず。生命の神なり。
戦火の少女に憎まれる火にあらず、極寒の少女を温める火なり。
燃やすが能力じゃない。熱するが、能力だ。生命を活発化させる。
確かに、尽きるかもしれない。出し尽くせば、そこで終わるかもしれない。けれど、明王の火だ。業火に腐心は、選別される。本気で、出せたものだけが、届くことのできる明かり。
世界を清める、聖火。時代、時代に受け継がれ、決して、消えることのなかった、太陽と共にあった火。
「なんだい? なぜ、そんなつまらなそうな顔をしているのだい?」
「つまらないからだよ。なぜ、燃えない。自分から、火を起こさない。情熱を始めない」
かけることができる、空のキャンバスなら、そこにあるじゃないか?
倒れたら、立ち上がればいい。押し込められたら、頭を持ち上げるだけだ。永遠じゃない、と言われたら、そんなもの期待しちゃいない、と言えばいい。それだけだ。
烈火は、君を信じた瞬間から始まったんだ。神が、偽物なら、神などに期待しなきゃいい。君が、君を信じた、それだけで灯った、火のごとき命だ。
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