過去の遺産 | 革命的文学を新規開拓する、ネオ新感覚派の表現方法。作家山畑健の文化的ブログ

革命的文学を新規開拓する、ネオ新感覚派の表現方法。作家山畑健の文化的ブログ

文芸復興が主目的。ネオ新感覚派を求める、文学、読書好き、の人のための文化的ブログ。
革命的文章表現をテーマに、その創造と、その支援を目的としたい。
山畑健と言う本名で、キンドルで本を出している。文学、読書に関する底辺拡大の行動として、ブログを選んだ。

 どうやら、僕の知らないところで、僕の人生は、積みあがっていたみたいだ。それを知る人がいて、それに期待している。笑顔のピースサイン。過去の人。もう、交わらない、と思っていた人。ただ、満面に笑っている。どう、対処すればいいんだろう? それとも、別に、求めてもいないのか? 諦めた、人の姿か? それでも、共に、同じ時代を生きていく人だ。どんな人であれ、求めてくれる人なら、財産だ。

 上手く、応えられるかな? きっと、無理だな。それでも、ピースサインをしてくれるんだな。何か、あげたいな。僕にできることがあるなら、応えてあげたいな。求めてくれるなら、求めていてほしい。愛するには、程遠いのかな? いろんなものが、昇華されて、許せるの情だけがあるな。これは、過去の、遺産だ。

 人として、ちゃんとしたことをやれてきたのだろうか? それを認めてくれたから、笑顔のピースサインになったのかな? そう思えると、少し、顔がほころぶな。もっと、ちゃんとしなければ、と思うのだけど、それは、結局、しないだろうし、それほど求められてもいないんだろうな。

 勘違いされても困るけれど、別に、なくてもいいんだ。本当は、ない方が、自然だ。それぞれが、それぞれの道を行く。それが自然だ。その方が、僕の、気が楽だ。ただ、それと同じくらいの気楽さで、笑っているから、ピースサインをしているから、財産だな、と思うだけだ。それは、特別なことだし、何とか、期待にこたえたいと思わせることでもある。いい顔し過ぎかな? 八方美人で、今向いている人には、嫌がられるかな? それは、困るな。どちらが大切だ、と言われたら、今の人の方が、ずっと、大切なわけだし。過去の遺産が、今の財産に敵うわけはないし。

 けれど、捨てるわけでもないな。そんな、不人情ではないし、そんな強権持ってもいない。

 人生は、疲れるな、って顔もするけれど、それを越えてきた人は、元の美しさも身につけられる。そう思わせてくれる。

 君は、君でいいんだよ、言ってあげることもできないな。頑張れ、もっと、幸せになれるよ、も、言ってあげられないな。何の、遺産なのだろう? 僕には、抱きしめてあげられる手がないから、あの美しさは、永遠に残っているよ、ぐらいは、言ってもいいのだろうか? 

 他人の幸せを願う、ってのは、難しいんだな? 優しい人になれたらいいけど、優しさも卑怯だな。いや、そんなことはないか? 冷たくあしらっても、ただ、寂しいだけだ。僕には、できない。ここ、泣くとこかな? 愛し、愛される、この世界に、いつくあったのだろう? 一度でも、経験しているなら、それはいいことだ。得な人生だな。僕は、まだ、だな。

 あなたは、あなたでいますか? 

 何となく、いるよ、って答えそうな気がする。それが、本当の、過去の遺産だな。そう言うのが積み重なって、笑顔のピースサインになるんだろな? だったら、とても、素敵なことだ。僕は、写真は嫌いだな。昔、カッコよかったころから、嫌いだったな。ピースサインなんて、人生でしないな。そういう人間なんだな、と今思う。

 できない、人間になっているところが、この人生のみそ、かもしれないな。それは、それで、ウケがいい。そういうものだ。曲がり、曲がった、世界。自分がおかしい、ってことにも気づかないぐらい、曲がっている世界。

 誰が曲げたのだろう? 初めからその気だったのだろうか? だとしたら、狂気の沙汰、だな。初めから、狂っている。途中で狂ってしまったも、悲しい、と言えば、悲しいけれど。

 真面には、戻れないんだろうな。僕は、しごく、真面だけれど。過去の遺産が言っている。私は懸命に生きました。あなたを信じて生きました。そして、少し真面になった私で、ここにいるのです。あなたも、私の、過去の遺産になってください。

 今を生きている僕には、今をどうにかすることで、精いっぱいだよ。と答えて、おくよ。

 

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