与えられたものは、パソコンとテレビと携帯。後は、二食食うお金。パソコンで、ブログを書き、それまでは、小説を書き、勉強をする。一人問答を繰り返すことは、大した前進になる。たとえ、さっき書いたものを次の瞬間は忘れてしまう、鳥頭、でも。それでも、自分は、積み重なってあるのだ、と理解できる、考える、正式には、感じ、考える、能力が、脈々と備わっている。僕は、自分の成長具合に、幸福感さえ、感じていられるほどだ。相変わらず、こんなに、考え、言葉にしている人間は、世界に、僕ぐらいしか、いないだろう。
テレビは、野球以外は見ない。今年は、オリンピックがあるから、それを見るか? ぐらいだ。パソコンでも、ほとんど、野球の情報だ。好きなチームは、ヤクルトスワローズ。どちらか、と言えば、少数派だ。しかし、東京のど真ん中なのに、その報われない具合は、僕の英雄的視線を、集めた。こういう、勝つのに理由がいるチームになったチームこそが、見たい原因だ。
僕は野球を、経験学、と言っている。野村克也の言葉に、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けるに不思議の勝ちなし」と言う言葉があるが、まさに、それだ。負けるのには、道理が、確りしている。僕は、勝つのに理由のいるチーム、と言ったが、負けるのに理由のいるチーム、というのもまた、面白い。
もし、同じ技量の、打者と、投手が、本当に同数で戦ったらどうなるか? 結果は、必ず出る。けれど、実力は、同数だ。そこが、経験学、足る理由だ。本当の偶然性、が、生まれる瞬間。基本、同数と言うことはないかもしれないが、まま、そう感じる瞬間もある。
競技に、予見力、と言う人もいるが、先を見る能力が養える。すべての結果は、ピッチャーが、ボールを投げた瞬間、決まっているのだ。もちろん、バッターは、ファールなり、カットするだろうが。そう言う、静と、動が、一体としてあるから、学問にできるスポーツが、野球だ。僕が、野球狂になる理由だ。
それに、東京ヤクルトスワローズに感じる、英雄的視線。それは、ますます、填まる。なかなか、抜けたくても、抜けられないくらいだ。まァ、これは、ある人には、阪神に、ある人には、広島に、感じる視線、かもしれないが。巨人は、今の環境ではないかな? アレは、強者の蹂躙だ。金持ちの、本当は、ヤクルトの方がずっと、金を持っちるけれど、の、蹂躙だ。英雄的視線、とは言いづらい。
と、ほとんど、それで日が暮れる中、後は、携帯で、音楽を聴いている。ヨウツベ、だ。最近は、命に嫌われているやら、あいみょんの、さよならの今日に、が中心だ。それを聞きながら、ブログも書いている。まァ、共感することもあれば、非、共感もある。変な、けれど、熱い思いをしながら書くのが、コツだ。よく、指が動く。なかなか、一記事、千五百文字以上を目標には、一時間とかからず、達成できる。そして、また、野球関連だ。そろそろ、シーズンに向かっていく頃なので、ワクワク感が半端ない。
書くことは、これまで、考えていたことが主だ。これまで、小説を、それも考える小説をやってきて、覚えた、考える記事を中心に、書いている。できは、満足いくものもあるのだが、いかんせん、読まれない。上に、共感を得れているのか? も分からりずらい。需要がなければ、成り立たない、世界だ。僕は、当然、あるもの、と思っているのだが、今現時点では、作られていない、と言えるだろう。そう、作らなきゃいけないんだ。需要を作る。新規開拓の役目だ。人は、恋と革命のために生まれたのだから、しょうがない。他人と同じことをやっていても、何も面白くないのだからしょうがない。
これは、僕の気質だ。ずっと、他人がやらないことをやってきた。陰で、影響を与えたであろうこともたくさんあるんだよ。ねェ、神様。
と言うことで、千五百文字を越えた。徒然に書くこともこのあたりにしよう。もっとも、たいてい、これに似た始まりでもあるのだが。それでも、テーマを持って、決めて書くことは、なかなか、新鮮味があって、面白いよ。何とか、読者数が増えないものか? コメントの一つでも読んでみたい。きっと、ものすごく、批判であれ、喜々として喜ぶ、だろう。
では、風の丘へようこそ。ここは、すべての感覚を手に入れるための丘、だよ。
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