少し古い記事ですが、地元の新聞に ↓ の寄稿記事が掲載されていました。


 
タイトル 「地方議員を若者よめざせ」
 【内容】
①18歳以上国政選挙(先日の参院選)の18/19歳の投票率が45.45%であり、盛り上がりに欠けた。
②日本の社会は成熟し、10代の若者が大人としての自覚がないのは当然。 大人の努力も足りず、若者が投票に行く為には政治の悪弊を取り除かなければならない。
③悪弊・・・政治家の平均年齢が高く、若い政治家も2世3世の世襲議員ヶ多く、若者が国政に出ようとしてもしがらみの多い自民党政権下では実現は難しい。
④しかし、地方選挙であれば努力すれば当選の可能性がある。
ニートになる若者には政治家向きの人がけっこういるので、引きこもるくらいなら地方議員をめざすべき。
⑤そうすると18,19歳の投票率はあがるはず。

・・・と言う事なのですが、山本はいまいち納得できません。

百歩ゆずって①~③まではあたらずとも遠からずだとも思いますが、(とはいえ、「しがらみの多い、自民党政権下では実現は難しい」との決めつけ表現は絶対に違います。民進は連合とのしがらみべったりだし、他には宗教団体のような政党もありますから、しがらみ云々は政権の問題ではないと断言します) ④はどうでしょう?

これから先は山本の経験による個人的な感想として書きます。

・④にある努力すれば」 とはどんな努力でしょう?
朝の辻立ちですか?それとも有名な○○政経塾のような政治家の登竜門を出身とする事でしょうか?また、外見を磨き上げ「イケメン」と呼ばれることでしょうか?
私は何年も毎朝欠かさず辻立ちをし、それを「頑張っている」と評価され当選したにも関わらず、中身が空っぽだった議員を知っています。
また、有名な○○政経塾自体が政治家のしがらみの温床になっていることを知っています。 さらに、いわゆる「イケメン議員」が不誠実な行動や不祥事によりマスコミに糾弾される姿も多く見てきました。

「ニートになる若者には政治家向きの人がけっこういるので、引きこもるくらいなら地方議員をめざすべき。」 はどうでしょう?
社会人としての経験が不十分なニートの人が社会の構造や地域の事情に問題意識をもち、選挙に勝ち抜き、議会内の会派間調整ができるともなかなか思えないのですが、これは私の偏見でしょうか?
 いえ、そもそもニートと引きこもりは決定的に違いますので、この記事にある 引きこもるくらいなら地方議員をめざすべき」 の合理性も無い様な気がします。 

 「じゃあどうなんだ!(-"-;)」 とおっしゃる方もいる事でしょう。

 山本の答えは 「有権者の質」 ・・、 これにつきると思います。
 候補者が若かろうが、年寄りだろうが、女性だろうが、男性だろうが、イケメンだろうが、そうでなかろうが、毎朝辻立ちしていようが、なかろうが・・・能力を見抜く良識を有権者が持つこと、それが本質だと断言します。

 それは、教育環境であり、家庭環境であり、一長一短に変わる(えられる)ものではありません。 しかし、今回の記事のように若者が選挙にでて、(しかも地方議員限定)議員になったからと言って、仮に投票率が上がっても、自分のまちの議員を選ぶという事の本質を外していると思うのです。
 これは、やはり本質を外し、知名度や人気で首長を選んで失敗している東京都知事選挙を見ても明らかです。

 ただ、能力とやる気、気概や気骨を持った若者が選挙にチャレンジできるような選挙制度を構築するのは我々世代の仕事だと思います。

 お金がなくても、後援会などの組織がなくても、選挙カーがなくても、ポスター貼りのボランティアさんがいなくても・・・良識のある有権者に自分の能力や政策を問えるような選挙の仕組み・・・。

 リスクをとってでも、身を挺してでも、我々が提案すべきなのでしょう。

 この事をしばらく(しっかりと)考えて見たいと思います。