「おじさんはなにをかわりにしてきたの?」
少女の笑顔とはもう呼べない不気味な表情と、
赤い三日月から紡がれる不吉な意味にしか
感じとれない言動。
背中に凍傷を起こすくらい
寒いものが走るのと同時に、
彼の胸に言い表せないぐちゃぐちゃとした
黒い感情が沸き起こる。
単純にただ黒い感情が。
少し呼吸が速くなる。
冷や汗が体に不快感を及ぼす。
一度は耐えたのに。
また…!!
男の動揺を知ってか知らずか、少女はさらに頬を吊り上げ三日月をさらに細くする。
そして容赦なく言葉を続ける。
「あたしのおかあさんはね、いつも言うの…。
何かをえるのはなにかを失うからだって…。」
「それはむずかしかったけど…、
マンガで読んだよ。
とーかこうかんてやつだよね?
だからあたしはね…」
一瞬、ほんの一瞬だが、
少女の顔から不気味さが消える。
それは年相応であると同時に、
何処か悲しみを感じさせる笑いに変化した。
しかしそれは一瞬。
まるで先程の表情を隠すように、
彼女の表情はさらに歪んだものへと形を変える。
もはや男の目には、
少女が人間にすら見えてはいなかった。
不気味な笑顔を張り付けた異形は、男に自慢するように言う。
真に無邪気に、
そして邪悪に。
「だからね!あたしは…
パパと、おかあさんの心をかわりにしたの!
パパをかわりにするのは大変だったなあ~…」
げらげらと笑う異形に対して、
男は少女と話していた時のように。
まだ彼女が人間だと信じたいがために問う。
どんな答えが返ってくるかなど…、
わかりきっているはずなのに。
「……ぱ、パパをかわりにって…。
それにおかあさんの心ってどういう事…かな?」
「そのままのいみだよ?
パパのしあわせをかわりにしたの。
おかあさんの心はそれといっしょに、多分かわりになっちゃった…」
小さな声で、
おかあさんのためにやったのにな…。と
異形は付け加える。
もはや男は、
恐怖を感じるのすら億劫になっていた。
驚き疲れ、恐れ疲れた。
しかしそれは確実に彼の心の臓を掴む。
…壊せ。
…目の前の異形を殺せと。
…恐怖の対象を消して何が悪い。
やられる前にヤレ。
黒い感情は化け物の栄養となり、
抑えていたはずの心にさえ干渉してきた。
ゆっくりとじんわりと
心へと染み込んでいく、
黒い感情。
それに続くように染み込んでいく内なる魔物。
気付けば異形の少女の首に手をかけていた。
その手触りは柔らかく、そして細い。
掌から感じ取れる動脈の動きは激しく、とても速かった。
こんな細枝…。
力を込めれば簡単に…。
そして化け物に乗っ取られた男は、
ゆっくりと確実に…、
細き若木をへし折りにかかった………。
…少女だった異形と同じ
真っ黒で歪んだ顔に、
赤い赤い三日月を張り付けて。
あなたは、
気付けばああしてたとかこうしてたなんて…、
ありますか?
気付いた時には…、
遅いかもしれません。