会社と社会
今日はひさびさに真面目なブログを書こうと思う。
というのも今日イベントに出ていた当社のSさんについて、クライアントから「ああいう気配りができて自発的に動ける子は大事にしないといけないよ」と言われたことをみなさん(特に専務)にお伝えしなければいけないなと思い、当社の場合、朝礼のようなものもないし(サテライトオフィス勤務で会社に来ない人もいるし)、どうせならブログに書こうと思い、さらにどうせなら真面目なブログを書こうと思ったのだ。
というわけで、Sさんありがとう(あっさり)。
ところで今日は、団塊世代に向けたあたらしいセカンドライフのご提案(社会貢献とはたらき甲斐)に関するセミナー(イベント)だった。
イベントは成功だったと言えるだろう。
そして出演者の方々(NPOの方、団塊世代の一般の方、企業側の方、シンクタンクの方など)と飲み会。
そこで交された会話は、不満や憤りというものではなく、夢や希望や挑戦というものだ。社会に対してというよりも社会を舞台に、という感じだ。
漠然としているが、それは立場の違う者同士の会話だから仕方ない。
というよりも単純にたのしい。
一方、二次会。こちらは企業サイドの人たちと行った。
主に夢や希望や挑戦に対する障害の話だ。
会社の中での話だから仕方ない。
何かを成し遂げようとする時。
その原動力となるのは、何かの役に立とうという気持ちと自己実現の思いだ、と思う。
そして、社会という大きな器の中ではただ漠然としていてビジョンを描きにくいが、会社という枠で考えると意外と現実的にしやすい。
つまり自分の思いと会社の方向性を重ね合わせることができれば、だ。
その差。重ね合わせた時のズレ。それが障害なのだと思う。
私はいつも、会社というものをぶっこわしたいという気持ちに駆り立てられながら会社をやっている。
しかし、ただの破壊ではなく創造的破壊にするためには、その差やズレを逆手に取ることで、できるのではないかと思う。
つまり、差やズレを感じた時が創造的破壊(変革)のチャンスなのだ。
そんなことを考えていると、会社って結構いい仕組みだなって思ってしまう。(先ほどとは反対のことを言ってるが)
いずれにしても、会社は社会の一部だし、会社を舞台にすることでできることはいろいろあるし、それが社会のためになることだと認識すれば、何かを成し遂げるための原動力となる。
人も社会も、もっと会社という仕組みを利用するべきだ。利用されずに。
まあ、今日は退職後の話のイベントだったのですが、そこまで成長していないことを実感しました。(人間的に)