先週予告していた


「異性愛男性がなぜセクマイやジェンダーに対して嫌悪感を抱くのか」


についてやろうと思ったのですが


「セクマイ講座」にするほど纏まっていないので


「つぶやき」のカテゴリーで記事にしようと思います


いつもの講座とはちょっと構成も違いますし


裏づけを取ったわけでもないので


その辺先に断っておきますね^^;




まず「ジェンダー」についてですが


簡単に言えば


男らしさ、女らしさといった


社会的な男女の性差のことです


社会に根付いている無意識的なものなので


ジェンダーについて学ぶというのは


今まで培ってきた自分の価値観と対峙しなければなりません


そしてジェンダーについて語るとき


多くの場合は性社会において不利な立場にある人に向けて発信されています


男尊女卑社会における女性、セクマイなどがそうです


逆に男性異性愛者を主流にしたジェンダー論は多くありません


むしろそうした性差において上位に立ってきた男性異性愛者への批判だったり


男性優位意識の改善やジェンダーフリーが求められるものが多いです


要するに



ジェンダー論の中では



男性優位意識の男性異性愛者がマイノリティ(少数派)となるわけです



これでは


ジェンダーって嫌なものだ

ジェンダー論ってつまらない

女性の権利とか鬱陶しい

セクマイとかあり得ない


という意識が生まれるのも必然なのかもしれません


しかしそれは


普段の女性やセクマイの人たちの立場だということでもあります


このバランスを限りなく水平に保つのが本来のジェンダー論だと思うのですが


論じる側、受け取る側の価値観の違いや先入観もあるでしょうから


非常に難しい問題だと思います


本当は両者がお互い納得の行くまで話し合えばいいんでしょうけどね^^;




俺も自分なりのセクマイ論やジェンダー論を持ってますが


考えてみたら


やっぱり男性異性愛者にとってはネガティブなものです


勉強不足だって部分も含めて


ちょっと反省ですね;



別にジェンダーに限らず


何かを主張する時には


その主張の障害になるもの悪いものとして批判したり


比較対象を用意してそれより優れていると主張するのが


最も簡単かつ効率的だと思います


でもそれじゃダメなんですよね


優劣をつけた主張って


言い換えれば必ず「劣」とされた側から反感を買うわけですからね


今回はそのことを考えさせられました



たまには反対側の立場に立って物事を考えると見えてくるものがあるという


そういうお話( ゚∀゚)






短いですが今週はここまで


今日はハロウィン


友人がカボチャを貪り食いに来るので


料理の準備をします


ま、最悪丸ごと蒸したカボチャでも食わせてやればいいんですけどね!