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ざっくり世界史を眺めたい

ざっくり世界史を眺めたい人向けのブログです。
独断と偏見で話題を選定するので、詳しく書いてあったり、表面なぞるだけだったりする時があります。どうぞご了承ください。

オリエント、ってどの辺りだかご存知ですか?

一般的には、エジプトや西アジアの辺り、現イランとかが該当します。

『オリエント』とは『日の昇る東方』を表す言葉で、
・エジプトを流れるナイル川
・アラビア半島の付け根の辺りを流れるティグリス川ユーフラテス川
の3つの川を中心に小さな国家が興亡を繰り返していました。

中心となる民族は

前半
シュメール
アッカド
アムル
ヒッタイト

後半
・アラム人
・フェニキア人
・ヘブライ人(ユダヤ人)

今回はその前半の4つの民族の時代を紹介します。


前3000年頃、ティグリス川・ユーフラテス川の間、メソポタミアと呼ばれる地域で、ウル・ウルク・ラガシュと言ったような都市国家を建設し、ジッグラトと呼ばれる神殿を作り、神権政治を行っていたのがシュメール人

メソポタミアは『肥沃な三角地帯』と呼ばれるほど土地が富んでいました。

四大文明と呼ばれる中国文明、エジプト文明、インダス文明、そしてこのメソポタミア文明はそれぞれ大河の近くで発生しました。
なぜかといえば、洪水や氾濫の度に土がかき混ぜられてそこに栄養が貯まるから。
同じ畑で作物を作り続けると、そのうち作物が育たなくなる(らしい)

…脱線した。

と、いうわけで、数々の都市国家を作っていたシュメール人。
占いによって政治を行っていたらしいんです。

そして、その占いができる人物が王様、的な。

国の数が多く争いの耐えなかったメソポタミアを統一したのがサルゴン1世率いるアッカド人でした。

彼らについて特筆することが思いつかないのでスルー

とにかく初めてメソポタミアを統一した、ということです。

で、前1900年頃、バビロンを都にしてバビロン第一王朝(古バビロニア王国)を立てたのがアムル人。

彼らが最も栄えたのはハンムラビ王の時。
彼は自分の名前の付いた法典を作りました。

通称、ハンムラビ法典

・目には目を、歯には歯をで知られる同害復讐法
・身分により刑罰に差がある身分法

この二つを原則とした法典でした。

しかしながら、前1600年頃には小アジア(今のトルコの辺り)に建国していたヒッタイトに滅ぼされてしまいました。

ヒッタイトの代名詞といえば、まず上がるのが

この時代に鉄を使えた民族は数少なく、彼らはあとで紹介するエジプトと対立し、前1286 カディスの戦いを繰り広げました。

無敵のヒッタイトを滅ぼしたのは『海の民』と呼ばれる出生不明の民族でした。
海の民はヒッタイトから鉄を扱う技術を盗んだまでは良かったのですが、ヒッタイトのようにそれを秘密にしようとはしませんでした。
こうして鉄は世界中に広まって行ったんです。



長くなってしまい、申し訳ございませんでした。
次回からはもうちょっと短くなる……かな。

あしからず