惜しい!!惜しいのよ!!
途中までいい感じだったのに!!
なんでクライマックスで現実か空想かわからん造りにするかな!?
頭が追い付かないのよ、私は!!
大っっっ嫌い!!こういう構成!!!!!
なんで現実だけで話作られへんかな!?
現実なん?夢なん??頭が混乱するのよ。
「まだ、こういう夢見るんだ」で、ああ、空想なんや、て思ったのに。
現実シーンのインサートカット。
そしたら火祭りが始まる前に抜け出したはずのコウちゃんの踊りは何なん?
誰か教えてください。
そこんとこがほんま残念!!
「明日海に沈める」今しようね、今でしょ!
今しなきゃ何もかもバレるでしょ。
本当に死んだの?殺したの?
結局コウちゃんはどうなったの?
だめだ~(>人<;)
もうこれだけで評価★ひとつ。
原作はどうだったんだろう?
未読で挑みましたが失敗したかも。
ちらっと原作のラストも賛否両論とあったので、何かしら不明な所はあったのかな。
ここまで
2016年11月5日観た直後に書いた感想
ラストシーンも何ですかあれ。
映画の1シーンを流したはずがなんでコウちゃんになってんの?
夏芽の妄想?
それで映画終わらせるだけ?
あかんわ~。
こーゆーのほんま。
あ、★0個にしよかな。
しかもこのラストシーン、ガッツリチラシで既出やないですか。
ラストシーンは宣伝に使うべきではないですよ。
このシーンやったんか、という確認作業になってしまう。
「溺れるナイフ」はほんと予告でシーン出しすぎました。コウちゃんがキズついた顔でバイクに乗ってたとこ。映画で初見だったらズキューンものですよ。
すごい破壊力でした。
なのに既出だったので、あぁここか、みたいな印象になってしまいました。
宣伝に使用する画像映像は願わくば映画の半分、いや、最初の1/4くらいまでにしてほしいですね。
劇場に観に来て欲しいから出すのかもしれないけど、これでは出しすぎです。
「溺れるナイフ」に限らず、後半やラストシーンを宣伝に使うのは考え直していただきたい。
映画関係者見てくれてないかしら。
挿入歌もヒドい。
なんであのシーンで女性の歌つきの曲入れるかな。
曲だけならともかく歌詞は不要ですよ。
せっかく映画に没頭しているのに歌詞つきの歌で集中が切れました。
違和感しかありません。
確かそれが2回もありましたよね。
何考えてんだこの選曲、と思いました。
大友は良かった。ほんと良かった。
「俺ら東京さ行ぐだ」のとこ、ジーンと来て、涙出そうになりましたもん。
夏芽が和んだのが手に取るように感じました。
もうここで終わってもよかったんじゃないか?
いやまあそしたらコウちゃんの存在意義がなくなりますが。
クライマックスから後の記憶をどーも抹消したくなってます。
なんとかならなかったもんかね。
ほんと惜しい。
コウちゃんだけ切り取るとほんと画集のような素晴らしさなんですが。
山戸監督はそれに溺れちゃったのかなあ。
ストーリーとしてのまとまりと、観る者に感動を与えるのを置き去りにしてしまったような気がします。
ほんと惜しい。(←何回言ってるんだコレ)
だもんで、Twitterに絞り出した初発感想が「火祭りのとこエンドレス再生したい」だったもんなあ。
中身に触れられなかったんだよー。
将暉くんのコメントには
「胸キュンというよりも胸ズンというようなラブストーリーでした\(^o^)/火祭りのシーンをエンドレス再生したいです(///∇//)」
と、書きましたが。胸ズン。我ながら上手い表現だと思いましたが、アカンかな…。
こちらも中身には触れられず…。
断片的には素晴らしいものがあると思うんですよ。
でもクライマックスとラストシーンの描き方は納得いきません。
ほんともったいない映画でした。
最後に。
「愛と誠」の愛と誠と岩清水を思い起こしたのはここだけの話。
2016年11月7日 記
追記
これだけ書いた後、パンフレット読みました。
監督、原作者、スタッフのコメント読んで、ああ、こういう意図でああいう表現にしたんだな、と思った箇所がありましたが、素直な感想と思って書きました。
その中でもそうそう、これこれ、と思ったのは脚本の方のコメント。
「コウは男性版ファム・ファタル」
といったところ
それを将暉くんはきちんと体現できてて。
それだけは私は満足です。
クライマックスとラストシーンに目をつぶれば、いい映画だったんじゃないかなー。
でもなー。見終わったあとの印象がなー。
結論やっぱり★ひとつ。
2016年11月9日 記
次男の評価はナシ